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THE QUEST FOR A WING(投稿者茅氏)


「お腹すきましたぁ」
 のんきなガキの声が俺の神経をいらだたせていた。温厚な俺も今度ばかりは(いや、今度もか)頭にきて、年の頃十になるかならないかのガキを怒鳴りつけた。
「だから、どうして、この俺が! 勝手にくっついてきたお前のメシの支度までしてやらなきゃならんのだ! はったおすぞ、ガキ!」
 盗賊稼業のこの俺が!
 最後の台詞だけは寸前で飲み込んで俺はガキを見た。女の子のような少し長さのある黒髪、澄んだ青い瞳。いっておくが嬰児誘拐ではない。ガキは一喝でびくついたと思いきや、相変わらずのキョトンとした青い目で俺を見上げている。
 背中の翼を少しばたつかせながら。
 そう、この翼。
 翼の生えた人間などいやしない。
 俺はどうやらとんでもないモノになつかれてしまったらしい。

 事の起こりはほんの一時間ほど前。いや、元凶を考えると昨夜にさかのぼるか。
 その日俺が流れ着いた村では古くからのお約束通り、近隣に根城を持つ強盗団の日々の襲撃に悩まされていた。俺は正義の味方ではないから強盗団をやっつけようなどという厄介なことは考えていなかった。ただ、ちょっとばかり奴らが貯め込んだお宝をがめてこようなどと可愛いことを考えていただけだ。村の酒場でそれらしい情報を仕入れて俺は朝を待った。奇襲は寝入りばなを狙うもんさ。
 村の噂で、その強盗団が最近大きな金になる、あるモノを手に入れたと聞いた。ガセネタの危険もあったが俺はあえてそのあるモノを手に入れてやろうと決めた。
 だが、そこにあったのは金銀財宝などではなく。
 翼の生えたこのガキだった。
 こいつが一体どういうお宝なのか俺は知らない。だが、こういった「生きた宝」をさばくためには特別な流通経路があって、精通した者でなくば売買は不可能だ。捨てていってやろうかとも思ったが、どうやら俺はえらく気に入られてしまったらしく、離れてくれない。そのあげくに冒頭の台詞だ。俺は子守をするためにコイツをかっさらったんじゃない。
「あのですね」
 ガキはぱたぱたと左肩から生えた翼を動かした。
「僕ね、ルカというんです」
 青い目をくりっと向けてガキは笑った。翼さえなければ見た目は人間と変わらない。
「名前で呼んでくれませんか、おじさん?」
「俺はまだ二十代だッ!」
 言葉の意味が分からないのか、またもキョトンとし(この反応の鈍さのために俺が何度キレそうになったことか)首を傾げた。
「ええと、ですね。僕が、いると、お邪魔、なんですよね?」
 一小節ずつ区切って、ルカと名乗ったガキは俺の顔色をうかがった。いつもみたいにキョトンと見上げた訳ではない。はっきりと「うかがった」のだ。
「僕も、ですね。帰りたいんです、お家に。あの、でも、ね。帰れないんです」
 ばさ、と背中の翼をいっぱいに広げる。翼は左肩から生えている左翼のみだった。……右翼はなかったのだ。
「お家に帰るには、右の翼もね、いるんです」

 ルカと名乗ったこのガキの、たどたどしい言葉を拾い集めると、つまりこういうことだった。
 右の翼は例の強盗団に「逃げられないように」切り取られてしまったという。ルカの一族は成人前の翼は生えかわるため一度落ちてしまうそうで、こいつが家に帰るためには成人して大人の翼に生えかわるのを待つことになる。
 もう一つ方法がある。それは失った片翼を取り戻して、魔法という形に変えることだ。たとえ切り取られてしまった状態でも、とにかく両の翼さえ揃えばルカは飛行のための魔法を使うことができるらしい。
 ルカの言葉の締めくくりはこうだった。
「だから、ね? 成人するまであなたのお家に置いてください。そうでなくば、僕の翼、一緒に探してください。ね?」
 俺の体がぐらりと傾いだ。冗談じゃない。

   ◇◇◇

「いっただきまーす」
 うきうきとクソガキが飯を食ってる隣で、俺はもそもそと口を動かしていた。もはや何を言う気もしない。盗賊を生業にしている俺は十五の年に家を出て以来ずっと旅暮らし。こいつが成人するまで連れ歩くことができない(というよりやりたくない)以上、俺がこのガキと縁を切るためには後者の方法を採るしかなかった。
「肉ばかり食うな! こぼすな! 水を無駄遣いするな!」
 ルカの一挙手一投足の声を上げながら俺は最後の固パンを飲み込んだ。さて、食い扶持が急に増えたわけだがこれからどうしたものか。俺が深いため息をついたときだった。
「あのう、ここ、いいですか?」
 遠慮がちに声を掛ける者がいた。俺はとっさにルカの背にマントをかぶせる。木の陰から現れたのは、青いマントを羽織った若い男だった。肩までの銀髪に金色の目をしている。……金色の目? おいおい、まさかまた化け物の登場じゃないだろうな。
「やだなあ、私の顔になにかついてますか? おいしそうな匂いにつられてやってきただけのただの旅人ですよ、怪しい者じゃありません」
 聞かれもしないくせに「怪しい者じゃない」という奴ほど怪しい者はいない。俺は背後にルカをかばいながらその男と距離をとる。なのに、だ。
「お兄さんもお腹、すいてますか?」
 背後からのんきな声が響く。
「そうだね。お腹はすいてないけれど少し火にあたらせてもらえるかな?」
 背後のガキはのんきにこの「怪しい男」と会話まで始めやがった。俺の頭痛は加速する。誰のせいでこんなに気苦労してると思ってんだ、このクソガキが! ああ、誰か一昨日まで俺の時間を戻してくれ……。
 頭痛の元凶は「怪しい男」の目をまじまじとみつめて
「お兄さんの目、金色です。人間ですか?」
 と言う。おいおい。そんなストレートに聞く奴があるか?
 ルカの言葉を受けて怪しい男も
「金じゃなくて、茶色がね、かなり薄いんだ」
 と、自分の目を指差して答えた。おい、そこのアンタ。このガキの口調がうつってるぞ。
「ところで、どうして君はこんな森の中にいるんだい? バードマンは本来山岳地帯に生息するものだろうに」
 男の言葉に聞き慣れない言葉を感じて、俺はそいつの顔を見る。男は涼しい顔して俺に説明した。
「バードマンというのは翼の生えた人間という見た目を持つ種族でね。人間型モンスターの中じゃ人魚の次に有名だよ。ハーピーとは仲が悪いから混同しないように」
「……詳しいな」
「どうして君が連れているんだい? 彼らは保護されているはずなんだけど」
「ち、ちょっと待て。俺はつきまとわれて困ってるんだ。俺がどうこうしてる訳じゃ……」
 男はにっこりと笑った。それは、この笑顔を見たのが女なら一人残らずこいつに見ほれてしまうような穏やかで爽やかな顔で(言い忘れたが、こいつは少なくとも俺より見目がいい)。だが俺はこの笑顔に裏を感じて凍り付いた。
「君は、彼の片翼を探すために旅に出るのだろう?」
「……てめえ、聞いてやがったな」
 やっぱりただ者じゃなかったか。
「できれば私もこのコを早くお家に帰してあげたいからね。私の君への用件は後回しにしてあげよう」
 用の一言に俺はまたも薄ら寒いモノを感じる。男は懐から一枚の紙をとりだした。
「盗賊カイト、手配書がでているよ」
 四つ折りにされた紙がぴら、と俺の目の前で開かれた。これは。この手配書に押されている印は。
「お前、役人か!」
「竜の谷育ちのセインというんだ。よろしく」
 竜の谷! 俺は目の前が真っ暗になった。文字通り竜の住むその谷の住人は男ならたいてい勇猛な戦士。そのなかでも特に認められた者は竜に乗ることもできるという……。
 すうっと影が落ちてきた。ただし、それは心理描写ではない。文字通り影が落ちてきたのだ。バッサバッサと羽ばたきが聞こえる。大きな動物の影に入ったのだった。もうここまで来たらお約束だろう。
「大きいですー。ドラゴンですー!」
「うるせえ、ガキ!」
 とんでもねぇ不運を拾っちまった。セインと名乗った男は相変わらずにっこりと笑って
「君、盗賊ギルドへの上納金、納めてないんだって? そんなことだからよりによってギルドから手配されることになるんだよ」
 と俺に説教たれやがった。

   ◇◇◇

 ああ、もしかしなくても、すべての元凶は俺自身? かくして俺の旅は(荷物二人を連れて)始まったのだった。


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