ミハイル=ウィンに教えて(投稿者のうこ氏)
「どうやら、僕は君に惚れてしまったらしい。結婚を申し込む」
屋上にあるカフェテリアで、あたしの前に仁王立ちしたのは、同じ魔術研究科のミハイル=ウィンだった。
同じ研究科と言っても、ミハイル=ウィンと、あたし、サリー=ブロッサムは、何の接点もないといえる。
研究オタクで知られるミハイル=ウィンは、おしゃれの「お」の字も知らないような冴えない男だ。
一言で言って、ミハイル=ウィンはダサい。
対する、あたし、ことサリーは、魔術科だけでなく、全校で名前を知らないものはない…ミス・セントマジックユニバーシティ、又は歩く宝石、もしくは麗しい夕闇の魔女、とかいう、名前で呼ばれてたりする。
魔女と人間のハーフだから魔術の才能はなくて、仕方がないから大学では魔術研究という主に、魔術の源の理論立てと、薬学研究のあいのこのような曖昧なジャンルに進んでいる。勉強は苦手。成績は最後から数えた方が早いぐらい。
だから、本当にミハイル=ウィンとの接点は皆無に近かった。
「魔術の研究ばっかりで、頭イカれてんじゃないの」
「イキナリ結婚だぁ?ガキみたいな告白してんじゃねーよっ引くだろふつー」
あたしの取り巻きが、あたしが何か言う前にずい、と身体を前に出して、ミハイル=ウィンを威嚇する。
何人かに腕をつかまれ、カフェから連れ出されるミハイル=ウィンは、口の中で、ぶつぶつと、「そうか…恋も手順と組み立て形が…」などと呟いていたけれど、あたしは、すぐに友達達とのおしゃべりに戻ってしまって、家に帰るころにはこの事はすっかり忘れていた。
「やぁ、おはよう」
「あなた…何してるの?」
次の日の朝、玄関を出ると、ミハイル=ウィンが自転車にまたがりこちらを向いていた。
あたしは目を疑う。
確か、聖魔法大学開設以来の大天才、魔術科最高成績のミハイル=ウィンは大学の研究室の一室をもらってからというもの、そこで寝起きしていると専らの噂だ。
そして、あたしは、大学から車で1時間の距離にすんでいる。自転車でちょっと通りかかるという距離ではない。
「散歩に出たら、偶然君に会えたんだ。運命を感じないかい?」
明らかに棒読みとわかるようなセリフを言われ、あたしは一歩引く。
「もし良かったら、大学まで後ろに乗らないか?」
キラン
わざとらしく見せた歯が光る。
自転車の向きをくるりと変えて、背中を見せたミハイル=ウィンのおしりのポケットには、薄くてカラーの雑誌が突っ込んであった。
あたしは、眉をしかめて一気にそれを引き抜き、ページをめくった。
『偶然を装って彼女を迎えに行こう!頼れるところを見せて彼女のハートをがっちりつかめ!』
「…」
「…ダメだったか?」
あ…あほか、こいつ
「遠慮するわ。知り合いがそろそろ迎えに来てくれるから」
そういった次の瞬間、仲間が迎えに来た。
あたしは車に乗り込み、ミハイル=ウィンを残して大学へ向かった。
それで、終わりだと思ってた。
が、それは間違いだった。
屋上にあるカフェに一抱えあるバラを持ってきて、「君の黒髪には真紅のバラが良く似合う」とか、歯の浮くようなセリフを並べてきたのだ。
あたしはあたしで、「バラは真紅よりも深紅色が好きなの。真紅は安っぽいでしょう?あたしの黒髪には映えないの」と、追い返す。
キャンパスを歩いていれば、拾ってくれと言わんばかりにハンカチが大量に落ちて
くる。(もちろん無視して、踏んで歩いた)
講義の最中、大学教授に模範解答を求められて、黒板の前に立てば、『I LOVE YOU』の文字をいっぱいに書きなぐり、「好きだサリー!」と、叫びだす。
あたしが頭を抱えて悩んでいると、「でも、次は何するか楽しみよね〜」と、友達は笑う。
人事だと思って…
あたしは、ミハイル=ウィンを無視し続けた。
彼の言葉と来たら、本当にいつも棒読みで、心がこもってないことこの上ない。非常識という点では、どれも一緒ぐらいだが、1番最初の告白が、1番彼らしかったと思う。
「遊んでないで、真面目に振ってあげればいいのに」
と、周りの人は言うけれど、何一つ本当の言葉をもらってないのに、あたしが真面目に取り合うのは、なんだかあたしのほうが気にしてるように思えて、気が乗らないのだ。
ある日、あたしは、お気に入りの指輪を大学の友達と見せあいっこしていた。
「大切な人からもらった指輪なの」と言いながら、友達に見せていると、
「サリー=ブロッサム!!!」
聞きなれない声がした。振り返ると、そこに泣きはらした顔の背の高い女が立っていた。
「どちらさま?」
あたしが首をかしげると、その女は、涙混じりにあたしの胸倉をつかむ。
「この、色魔女!!!あたしの彼氏に一体何言ったのよ!!!」
ドンと、両腕を力いっぱい押され、あたしはよろめいた。と、同時に、手に握っていた指輪が弾みで、手の中を飛び出す。
あっと、言う間もなく指輪は屋上のカフェテリアから芝生の茂った広いキャンパスへ転げ落ちてしまった。
あたしはかっとなって、その女に手を振り上げた。
ばしっ
鈍い音が響く。
手に鋭い痛みが走って、
目の前を花が散った。
深紅色のバラ。
「…何をしてるのよ!! ミハイル=ウィン!!」
あたしが謝りもせずに、叩いた手の痛さを我慢していると、
「君が人に手をあげるところを見たくなかった」
ミハイル=ウィンは、にこりともせずに淡々とそれだけ答えた。
「余計なお世話よ」
あたしはミハイル=ウィンを睨みつける
「さっき言ってたのは、本当の話?」
「何がよ」
「大切な人からもらったって…」
「そうよ」
さっきのあたしを突き飛ばした女が見たこともない男に手を引かれてるのが目の端で見えた。
「…指輪を探してこよう」
急にミハイル=ウィンはくるりと、身を翻そうとした。
関係ないミハイル=ウィンを殴って、怒鳴りつけて、更に探し物までさせたとあっては、あたしがただの癇癪女みたいに見える。
「余計なこと、しないで、もう指輪はいいから」
私は、なお探しに行こうとしたミハイル=ウィンに
「もう付きまとわないで、迷惑よ」
と、言い切った。
暗い大学の中、懐中電灯の明かりだけでは、心もとなかった。
それでもあたしは、膝を突いて、そこら中を探す。昼間ああ言ってしまった手前、自分で探すことにしたけれど、意地を張らずに「守る会」の人たちにも手伝ってもらえばよかったと悔しい思いをする。
大切な、
大切な指輪だった。
涙が滲む。
「そんなに大切だったの?」
「当たり前よ。父の形見なんだもの……て…へ?」
真っ暗な中にありえない姿があった。
なんでここにいるのか、一瞬わからなくて声が出ない。
「手伝おう」
「ちょちょちょ、ちょっとまって…どう、して…ここに、」
あたしは、慌てながら、ダサいローブを着込んだ男を見上げる。
「ここに住んでるから」
「そうじゃなくてっ!昼間あたしが言ったこと忘れたの!?」
ミハイル=ウィンは「覚えている」と答えた。
「じゃぁ、なんで…」
あれだけ大勢の前で、振られて、恥をかかされたのだ。あたしなら、もう、顔だって見たくなくなるに違いない。
あたしの問いに、ミハイル=ウィンは、首をひねった。
「…なんで、か。それはこっちが聞きたいぐらいだ」
ミハイル=ウィンはいつもと違う話し方だった。なんだか固い口調で、いかにも優等生のような雰囲気をかもし出している。
けれど、いつものあの軽薄な感じがするミハイル=ウィンより、ずっとましに見えた。
「キャンパスで君を見た瞬間、僕の中でショッキングなことが起こった。そのとき組んでいた、水熱変換方程式の魔術構成が途切れたんだ…驚いたよ。水に関する魔術構成が、50ラインは消えてしまったのだから」
…
「そこから、なんとか、水の対配置に戻して、今度は熱に関する方程式を当てはめようとして、愕然とした…簡単な、初期レベルの質量単語を忘れたんだ。今時、初等部の生徒だって知ってるような…。頭がおかしくなりそうだったよ」
むしろ、聞いてる私がおかしくなりそうだ。
「わ、悪いけど…もう少し、簡単な説明でお願いできるかしら。修飾語を使わないで…」
ミハイル=ウィンは眼鏡越しに私を見据え、
「つまり、君に会ったとたん、何も手につかなくなったんだ」
簡単明瞭に、素晴らしくはっきりした発音でそう言った。
「始めは、その気持ちが何かなんて、気がつかなかった。病気だと思ったんだ。だが、原因を突き詰めていくと、どうも君が関係した。君にうつされたのかもしれないとも考えたが、どうも、君を見るのは悪い感情ではなかった。それどころか、君がいないとむしゃくしゃしたし、会えたら心拍数が上がる。
血圧も体温も脈拍も全てのデータが、君に特別な感情を抱いていると示していたんだ」
コレで普通に話してるつもりなら、かなり変だ。
「これを恋だとして、僕が、以前のように研究に戻るためには、君との結婚しかないと思った」
なんでそこでそーなる
「僕は、体内生成の行なえる魔法使いとは異なって、魔術を暗唱することによって魔術を発動できる魔術師だ。暗唱ができなければ、何の役にも立たない。魔術は、僕の人生だった。僕が一生をかけて突き詰めていく分野だと思っていた。
魔術研究が手につかなくなったこと…それだけが怖かった」
なんだか、嫌な気分だ。あそこまで必死で告白したのは魔術の研究をするためだったって、聞こえる。
…なんで、そこで嫌な気分になるのよ
「でも、今日、カフェテリアで、君にはっきりと言われて…1番怖いのは、君に会えなくなることだと気付いた。だから…ここにいるんだ…」
そうして、ミハイル=ウィンが目を閉じ、静かに何かを呟くと、暗い闇の中に光が大量に浮かぶ。
丸い明かりは、二個三個と分裂して、辺りを照らす。
「す…すごい。魔法薬の補助なしで…発動できるの?」
あたしは、真夜中のキャンパスに浮かぶ幻想的な光の洪水に溜め息をついた。プロの魔術師でも詠唱は出来ても発動となると魔法薬の補助なしではすごく難しいはずだ。
少なくともあたしは出来なかった。
ミハイル=ウィンは、
「当然だよ。僕は魔術師だ」
と、笑った。思えば、始めてみる笑顔かもしれない。
ミハイル=ウィンは引き続いて光を指輪に収束すると言って、新たな公式を立てだした。
真剣な顔で、詠唱するその姿は、夜中の暗闇のせいかほんの少しだけ格好よかった。
「君は僕の太陽だ。弁天だ」
「弁天って何よ、弁天って」
「知らないのか?東洋の神話の一つに出てくる女神で…」
「講義はいらーんっ!!」
ミハイル=ウィンは一度や二度振られたぐらいじゃ諦めないそうだ。
だから、今日も大学のカフェテリアでへんてこな会話。
どうやら、また、変な雑誌を買って恋の勉強をしてるらしい。
わざとらしいセリフに、心のこもらない求愛はカフェテリアの風物詩になってしまった。
あたしは、あたしで、それをいつも跳ね除けながら溜め息をつく。
女の子の心を揺れ動かすのは、雑誌の言葉でも、使い古された言葉でもなく、自分の言葉だけだってこと…
だれか、ミハイル=ウィンに教えてあげてよ。