たたかうメイドさん(投稿者塩ワニ氏)
高坂友という少年は街を歩いていた。
いつもどおり、何も考えずに。
(腹減ったなぁ――)
無意味にそんな感じに歩いたせいで、前から走ってきた少女とぶつかる。うめいてから、彼はその少女の格好に目を疑った。
白のサーヴィング・キャップ――ギザギザのついた髪留め。それに紺の上下一体になった服に白のエプロンが、その細くしなやかな肢体を彩っていた。
―― 一般にメイド服と呼ばれるべきそれ。
ファンシーともいえるその服は、彼女の一部かと思えるほどに良く似合っている。
背は高く、顔立ちは可愛いというよりも美形の部類に入るのだろう。
歳は彼とさほど変わらないだろう――少女だった。
(メイドさん?)
そのメイド服の少女は、いきなりぶつかった相手――ぼけーっとしている友の胸ぐらを掴み上げ、起き上がらせるといきなり、
「わたしの、ご主人様になってください」
有無を言わせぬ声で、言った。
「うーん」
胸ぐらを掴み上げられつつ、彼は目の前で展開している問題について考えようとして、
「いいよ」
彼女の頼みに了承する。
めんどくさくなって、考えるのを止めたとも言う。
『メイドというのは、何でしょうか。
私は、それを主人と生活を共にするパートナーだと考えています』
「はぁ――」
それで、なんでこんな状況になっているのか。
彼は喫茶店に連れ込まれていた。光源を絞られた店内に、オルゴール調のイストゥルメンタルが流れている。
感じのいいシックなその喫茶店は、メイドさんの出現によってメイド喫茶に変貌している。
『よって、日本全国、メイド125人による"バトルロワイヤル"を行ないます。
勝ち残ったモノこそメイドの鏡。ユーアーザチャンピオン?』
友はその四色刷りの紙から目を離した。
内容は無茶だった。論理展開から結末までが崩壊してる気がする。
つまり――ユズハと名乗るその少女の説明によると、そういうことらしい。
彼女はメイドで、これに参加しているということだった。
その説明を受けるのに三十分ほどかかったが、いまいちよく分からない。
「えっと、ユズハさん?」
「はい」
「これを見た限りだと、どうして僕が必要なのか良く分からないんだけど」
「はい、この戦いを戦い抜く際に、主人の同伴が認められているのです。"私のご主人様になってほしい"というのは、そういう意味です」
「ふむ――」
「この、ご主人様を見つけるというのが曲者で、いろいろと声をかけてみたのですが、皆、私をお城のような建物に連れ込んだり、自分のアパートに連れ込もうとしたり――」
彼らが何を考えたのかは言うまでもない。
いきなりメイドの美少女から、『ご主人様になってください』とか言われたら、普通そう考えるだろう。
「大変だったんだね。でも――メイドって、そういうこともするんじゃ……」
「求められれば応じます。しかし――そればかりで供に戦っていただけなければ、私にとって、ご主人様という存在に意味はありません。よって、殴り倒しました。力量を見るという目的も同時に」
ユズハは友を見る。
「それで、答えを聞かせて貰いたいのですが」
「いいって、さっき言ったと思うけど」
なにも考えていないような気楽さで、友は言う。
「一応、理由のほうを……」
「だって、困ってるみたいだし」
実際、なにも考えていないだけっぽかった。
メイド姿の彼女は正直、気を抜かれた。理由を聞き、それでこの男が自分の主人たるか問おうとしたのだが――
(これでは――)
――大物か馬鹿のどちらかだろう。
彼女としては前者であることを祈るばかりである。
(時間が必要かもしれない――)
主人の資質を、見極めるだけの――
物思いに耽っているところに、地響きが喫茶店全体を襲う。――震度6や7に匹敵する揺れ。
それは、一定のタイミングで襲ってきた。地震とは違う。何かを叩きつけることによる、それは建物の悲鳴だった。
「地震かな?」
分かってない人間がここに一人。
「違います」
ため息をつきながらユズハはそれを否定する。
落ち着いて観察する。外は全くの平穏だった。
(外に出たほうが――)
攻撃は、そんな彼女の考えを読み取ったかのように、その刹那に。
外に人影が映る。
喫茶店の窓ガラスをコナゴナに粉砕しながら、破壊が打ち込まれる。
モーニングスターが、友と彼女の間にあるテーブルをめりこませ、原型も残さぬほどに打ち砕いた。
「は、久しぶりね。ユズハ」
数十キロを誇るであろう棘付き鉄球を引き寄せながら、その持ち主の少女は凛とした声で呟いた。
吹き上がった粉塵と、木片に遮られながらも、鋭い瞳は真っ直ぐに彼女――ユズハを見据えている。
艶やかな銀髪が、白い髪留めによって纏められている。
そして、ユズハの青いメイド服と対を成す、赤いメイド服。
――そのバトルロワイヤルの参加者の一人。そして、ユズハの敵。
「アリサ――そう、最初はあなた」
ユズハは、相手を睨み返す。ほんのすこしの温かみもない、摂氏零度の視線と口調で。
メイド服が、割られた窓から吹き付ける風に煽られ、なびく。
両手をポケットに突っ込み、出す。両手にはそれぞれ銀に閃くスラッシュダガーが、一刀ずつ握られていた。
彼女らに共通したルールはふたつ。
ひとつめ、
――戦闘に使用できる武器は自分の選んだ武器のみ。ただし、パートナーがいる場合、この限りではない。
また、他の参加メイドから奪った武器は使用可能(ただし、弾薬などの補充は不可)。
ふたつめ、
――頭の上のサーヴィング・キャップを奪われた時点で、そのものを失格とする。服を脱がされた場合もそれに習う。つまり、参加者はメイドの尊厳と、象徴たるメイド服を守らねばならない。
たった、これだけである。
死すら厭わない、終わった時、推定される死人は二十を超えるとも言われる。
血と、刃と、銃弾の飛び交う中の、文字通りの『死闘』。
崩壊した喫茶店の中で、うめき声が聞こえる。
最初、地震かと思われたせいで、他の客はテーブルの下に隠れていた。
それを助けようと、うろちょろとしている少年が一人。
自分が一番怪我が大きいはずなのに、逃げ遅れた人らを避難させている。
友だった。
そんなものは目に入らないという風に、アリサは鉄球を振るう。
――爆砕音が響く。圧倒的暴力が、再びガラスを砕きながらユズハを襲う。
ユズハは、そのまま横に飛んでそれを避わす。鉄球はそのままカウンターを直撃した。棚のものが根こそぎ破壊される。
そこで、ユズハは自分の圧倒的不利を悟る。
それは遅すぎる状況判断だった。――今ので、裏口のドアが潰された。
入り口のドアは、しばらく避難する人たちのせいで使い物にならない。
それは、喫茶店という狭い檻に閉じ込められたまま、身動きを封じられている――ということ。
アリサは外にいる。二人を隔てるガラスのせいで攻撃をすることも出来ない。
破られたガラスの部分から外に出ようにも、それこそがアリサの狙いなのだろう。出口はそこだけ。
相手はその場所一面のみに注意を払えばいい。出て行った瞬間、待ち伏せた鉄球が襲ってくる。自分にそれを避わすすべはない。
ユズハは、相手のその周到な戦術に歯噛みした。こちらが短距離戦闘専門だということをよくわきまえている。
一度、懐に入れさえすれば、勝利は確定するのに。
三度目の鉄球による破壊。それをギリギリで避ける。
尖った破片で怪我をする。同時に破片は足場を悪くした。――次は避けられない。
(なら――)
一か、八か。
(――なんだ?)
アリサは鉄球にいつもと違う重さを感じた。
見ると、ユズハは鎖にしがみつき、鉄球自体に足をかけていた。
(―― 一度、引き寄せるときに、強襲するつもりか)
あちらは一つ重要なことを忘れている。
それは、あちらからは、こっちが丸見えだということ。
「は――」
アリサは引き寄せるポイントを僅かにずらす。
(壁に叩き付けられて死ね)
彼女が鎖を引き寄せると同時、ユズハが鉄球を足場にし、蹴った。
(しまっ――)
アリサは驚愕のうめきを漏らす。
まんまと誘いに乗ってしまった。
勢いのついた鉄球の勢いはもう――止まらない。
その隙に、ユズハはガラスにより別たれていたラインを超える。
メイド服にはケプラーと緩衝板を編み込まれていて、ショックをある程度軽減してくれる。
僅かにガラスで頬を切る程度で済んだのは僥倖と言えよう。
それでも運が悪ければ、失明していたかもしれなかったが。
ともかく、結果――
ユズハが風を切り、アリサに肉薄する。
アリサの足元に鉄球が戻ったのはそれと同時だった。
(遅い)
――音速の二刀が、大気を引き裂く。
「アイン!」
ユズハが呟き、短刀が翻る。
「ツヴァイ!!」
銀閃が弧を描く。
「ドライ!!」
メイド服が風を巻いて舞い踊る。
両手のスラッシュダガーを交差させ、続けざまに三度、鉄球部分に突きを穿つ。
鉄球を吹き飛ばし、守るものがなくなったアリサの髪の上から、二つに切られたサーヴィング・キャップがはらりと舞い落ちる。
すべては、一瞬の出来事。
「そん……な」
茫然自失とした様相で、アリサは呟いた。
自身の敗北が、信じられないという風に。
ユズハはそんな彼女を捨て置き、入り口から喫茶店に戻る。
今、逃げ遅れた最後の一人を助けている友と、目が合う。
「あ、ユズハさん。危ないよ」
「は?」
思考回路が読めないので、いまいち言っていることが分からない。
「だって、もうすぐ崩れるよ。ここ」
彼のその言葉と同時に、地響きが轟いた。
あまねく全てを打ち震わす、崩落を誘発する一撃。
アリサはこの喫茶店の要となっている残りの柱を打ち砕いた。
仕掛ける前の最初の地響きは、地震に見せかけて一般人を喫茶店の中に縫い付けるためもあるが、主な目的は―――
家のほぼ半分――喫茶店部分が地響きと共に倒壊する。
煙を噴き上げ、屋根が崩壊する。――ユズハも、生き埋めになったはず。
「アハハハハハ――」
死んだ。屋根に押し潰されれば、もはや助かるまい。
アリサは虚空に向けて笑い続けた。
「ゲホッ――」
「派手にやったね」
音を聞いた時点で外に出たから助かったものの、間一髪だった。
「どうして、アリサの狙いに気づいたのですか?」
自分ですら、気づかなかったことを。
「だって、最初に地響きがした時、ユズハさんが地震じゃないって言ったよね。あんなことをするくらいなら、不意打ちをすれば良かったのに、なんであんなことをしたのか考えてたら、建物を壊して僕らを生き埋めにするしかないかなって」
ユズハはそれを聞いて、
(大物か、馬鹿か――どちらかと思っていたけど)
――馬鹿だ。
こんな思考をするのはきっと馬鹿だ。いや、大馬鹿だ。
「いいことしたら、おなかすいたな」
「はい、ご主人様。帰って御飯にしましょう」
こんな、ご主人様。
ユズハはこの人になら、自分の命と忠誠を差し出せるかもしれないと――
ほんの一瞬、そう思った。