Rainy Cat(投稿者つなみ氏)
1コマ目の講義が終わって、今日の授業のもうない僕は、時計台の下で、紫がかった重そうな空と一緒に彼女を待っていた。冴子は、まだ1コマ講義が残っている。高校からの付合いで、すっかり倦怠期の僕ら。
もう少ししたら、雪の降る季節になるね。
――そう言ったのはダレだっけ。
身を切るような冷気に身を縮めながら、真っ直ぐにのびている道を眺めた。
街の再都市計画は順調。新しく建てられた幼稚舎、小学校・中学校、高等学校に大学・大学院。さまざまな公共施設、附属病院。そういや、ちゃんと墓地もあったっけ。ゆりかごから墓場までってフレーズが頭を過る。
僕は、小学生のころに、この街へ引っ越してきた。
お節介な、僕と同い年の、僕より背の高い女の子がいた。
街にも学校にも馴染めないでいた俺の世話をやくだけやいて、その子はある日、引っ越していった。
そりゃ、ないよ。
小さくなっていく、彼女を乗せた車の後部座席をこっそり見送ることしか出来なかった。
うっとおしいという顔しか出来ないまま、感謝の気持ちも伝えられず。
懐かしくて、せつなくって、ちょっと情けない思い出だ。
気づけば、僕はもう大学生。今年成人式。生涯この街には馴染めないに違いないと真剣に思いつめていた子ども時代よ、永遠にサヨウナラ。
僕は、この街の大学へ入学していた。
国立の、そこそこの大学だ。
ここで、彼女に。お節介やきの由佳に再会した。
「寒そう。食堂とかで待ってようとかってのは考えないの?」
熱いほどの缶コーヒーが、言葉と一緒にゴンと額に当てられた。ぶつけられた痛みに顔をしかめた僕の前で、由佳がクスクスと笑った。
十年の時の経過は、由佳を小さくみせた。実際は自分の背丈が伸びただけなのだとわかっていても、不思議な気分にさせられる。
「由佳を待ってた」
ウソばっかり。笑った由佳に小突かれる。
あの頃には、言えなかった調子のいい言葉がすんなりとでる。
「喫茶店にでも、入るか?」
冴子はまだ、あと一時間は来ない。
由佳の彼氏も。
ポツリ、と小さな雨が一つ肩をうって、由佳が掌を空に向けた。
「雨?」
そうみたいだな、と僕は頷いた。
喫茶店のガラスを水滴になった雨が流れていった。
コーラが二つ。
生意気にも円月に切られたレモンがグラスの縁に乗っている。缶コーヒーは、かばんに仕舞った。
講義の話、研究室の話。
昔の話、近所の話。
世間ばなしにちょっとしたノロケ交じりの愚痴を聞いたり。
約束の場所を変えたと、携帯に入れておいた。時計台の鐘が鳴ったから。もうすぐ冴子はここへくるだろう。
冴子は、僕が由佳といるのを好まない。
「来たよ」
由佳が、伝票を掴んだ手で、ガラスの向こうを指差した。
じゃあ、またな。
そう言って、僕は伝票を受けとって喫茶店を後にする。先に、相手が来た方が奢る。そういうきまり。
僕はもう、かなり、由佳に奢った。
冴子と並んで歩き出しながら、ふと振りかえると、由佳が頬杖をついて、待ち人を捜し求めていた。