狐のお母さん(投稿者V氏)



〇.
 少年は困った顔で少女の告白を受け止めていた。
告白と言うのはあれだ、好きな人に好きだというやつで。
とはいえ、こう厳密に定義してしまっては困ることもある。

「僕、実は狐ですよ?」

例えばこんな場合だ。
もちろん告白自体は相手が狐だったところで問題はなく
「だからなによ!」
強気に言い放ちつつもやはり信じ切れていないのか少女は「本当なの?」と睨み付けている。

 そもそも二人の出会いは七年前。
少女の家の雪掻きを少年がしてあげたことから始まる。
はじめ少女の祖父がやっていたのを少女が自分もやると言い出し、それを少年が物欲しげな顔で見ていたのだ。
当時重く沈んでいた少女が何かに興味を持ち、友達まで出来るかもしれない。
邪魔にしかならないこの二人の乱入者を祖父は喜んで迎えた。
そして今、少年が実は狐という問題を残しつつも、それは祖父の予想以上の成功を収めようとしていた。
まあ、自分より小さな男の子がありえない動きで一瞬にして雪掻きを終えたり、自分の家族の話を露骨に避けたり、いなり寿司が好物で、村に一つしかない小中兼用校舎では一度も見かけない。
そんな相手にこれまで何の疑いも抱かなかった少女もどうかとは思うが。


 再び草原を見下ろす。
対峙している二つの影。
少女が証拠を見せろと言うと少年は尻尾をふわり。
可愛いっなどと叫びつつ触ろうとする少女。
シリアスな雰囲気は一辺に消えるが、予期していたのか少年は即座に尻尾を隠す。
少女の甲高い抗議の声。
いつものじゃれあいがまた始まるのかと思ったところで少女は暴れるのを止め。
無邪気な笑みを湛え、
「でもね、あなたが狐で良かった」
いきなりそんなことを言い出す。
「は?」目を点にする少年。
少女の唐突さにもさすがに慣れてきて良い頃だろうに。
「ウサギとか蛇だったらジッチャも困ったろうけれど狐なら大丈夫よ、きっと」
確かに蛇よりはましだ。
がっくりした少年に気づかず嬉しそうに話を続ける少女。
「それだけじゃないのよ」
そうして語るは古き話。
狐と人の……


一.
昔あるところに猟師あり。
妻の子の生まれてすぐに患いしを先日ついに亡くす。
その家一つ他より離れてあり、心苦しく思えどさりとて他にしようもなく乳飲み子一人残して仕事へと出でにけり。

その夕、獲物少なきがゆえ遅くに帰る。
暗き中に一人置かれし子の怖れて泣くを思うが、子笑いて帰りを喜ぶ。
猟師の聞くに、子答えて曰く
「母の居るがゆえ怖くあらず」
猟師聞きて怪しみぬ。

次の日は朝晴れやかなるも昼過ぎて吹雪となる。
子の凍えておるを恐れ急いで帰るも、子安らかに寝れり。
猟師の聞くに、子答えて曰く
「母の抱きぬるめしがゆえに寒くあらず」
猟師聞きて大いに怪しむ。

それよりしばらく獲物無し。
食物少なくなるも、子代わらず健やかなり。
猟師の聞くに、子答えて曰く
「母の来たりてもの食らわすがゆえに飢えぬ」
猟師ここに至りて何者かの昼、子に会いに来たるを確信す。

翌る日、子一人残し仕事に出でる振りをして家内に隠れり。
一刻も過ぎぬうちに狐現れ子をあやす。
猟師驚き声を上げるに狐気づきて逃げんとす。
猟師引き留めて曰く、
「汝、何故にか吾が子をあやす」
狐答えて曰く
「我は昔な(汝)に追われた狐なり。
かつて子有り。
久しく獲物あらず餌を与うる叶わず。
ようやく餌を見つけ子に与えんと思えし時、なに見つかりて追われり。
逃ぐるも、帰りて見るに子は餓えて果ててり。
恨みてなを探しその家を探し、一人幼子のみ有りて妻無きを知る。
なの出でるを見、仇を討たんと忍べど子と目の合うに果たせず。
見守るうちに子、我に慣れり。
我は畜生なれど子のかわいきを知るものなり。
すなわち、泣き出せばあやし、
凍えて果てんと見れば抱きてぬるめ、
餓えて果てんと見れば尽きしと思いし乳を与えり。
我、今なの久しく獲物無きを知る。
思うに、我を狩りて子の餌となせ」
猟師驚くも即座に我に返りぬ。
「我は業に因りて畜生を狩るものなり。
今、汝は狐なれどもはや畜生にあらざるを知る。
なんぞ狩れんや」
言いて狐を逃がせり。


二.
それより一月の後、里村にいと美しきおなご来たる。
嫁入り道具と従者を従えるが、村長の家にしばし留めるを決めると従者即ち帰る。
おなごはかの猟師にゆかりある者と言い、その妻に先立たれるを聞きて嫁にならんとて参ると話す。
村人みなこれを怪しみて異となすも、猟師は聞かで迎えり。


三.
十年が過ぐ。
子、大きくなるもその母の実母ならざるを知らず。

ある日、子その親の手鏡に映るを見る。
それ、狐なり。
迷いて村おさに尋ぬるに、村おさはその母の里村に来りし時より怪しみしがゆえに、曰く
「坊の父は猟師なり。
恨みを持ちし狐にこそ違いあらね。
打ちて殺せ」

子、ためらうも鏡を見るにやはりその母は狐なり。
「吾は今、汝の吾を産みたまいし母と異なるを知れり」
母のうつむきて答えるは。
「それ、まことなり」
悲しげなる声に決意は緩めど、やはり鏡を見るにそれ狐なり。
ついに意を決し、後ろより尻尾のあるは何故かを問う。
母、大いに驚きて己の後ろを振り向き見る。
子、その隙に母を打ちて殺せり。
母は果てて狐と戻る。

その晩、猟師帰りて妻の部屋に狐の倒れ居るを見る。
驚きて子に尋ぬるに、子そのわけを語れり。
父、答えて曰く
「我、その妻の狐なるを知れり」
子の驚くに、父はその狐の畜生ならざる由を話す。
子悔やみ、吾は母殺しなりと嘆き家を飛び出でり。
猟師も
「我、今妻と子を失くせり」
と呟きて旅立ちぬ。


四.
山伏一人あり。
廃れし社の近くにあるを知り一宿を得んとす。
廃社に着くに先客あり。
まだ年の若き僧なれどその眼力凄まじくただものに非ざるを知る。
せめて挨拶せんとて話し掛けるに彼の僧急に泣き出しぬ。訳を問うに
「吾、母の人に非ざるがゆえに殺せし者なり。
父に合わす顔無けれど、いま目の前に居るを知りても退けず」
父なる山伏驚き、二人手を取り合い涙し再開を祝す。

翌朝、村にて話を聞くにかの社はかつて稲荷を祀れども今は祀る者も居らず徒に寂れるを知る。
二人ここで会えたも母なる狐のわざなるを解し、社にて稲荷を祀るを再す。
これより先、かの村に不作・蓄害の大なるなし。



五.
「なんと狐と結婚までしてるのだよ」
「大昔の話ですね」
「以来、うちには狐に優しい伝統が」
「猟師と狐殺しからですか」
淡々と反論する。
「あー、そうやって表面しか捉えないって駄目なんだ」
非難するような少女の声にも譲らず、
「嘆こうが祀ろうが同じことです。
得をしたのは結局人のみでしょう?」
「違うよ!」
大声の少女。張り合う狐。
「何が違うのです。
子狐は飢えて死に、母狐も殺されているではないですか。
こんなもの……」
昔話だとしても許せないのだろう。
少女が人側の理屈のみ信ずるのが悔しいのだろう。

 対する少女も毅然としていた。
「それでも、私は違うっていう。
だってさ、お母さん狐は守ってたもん。
生きてる間はずっと家守ってた。
殺された後も二人は旅をしている間死なないで。
最後には稲荷堂で再開するんだよ?
絶対お母さん狐が守ってるもん。
それはお母さん狐が二人のこと好きだからだもん」
ばかばかしい、と切り捨てようとし。
それもまた真実である可能性に思い至る。
だが、それに支払った母狐の対価は。
そして、己にそこまでの覚悟はあるのか。
「それでは狐ばかりがあまりに損では」
何か言わねばと空虚なセリフを紡ぐ狐に、

「大丈夫だよ。
次は私が守るから」

全てを見越しているかのように自信満々に無責任な発言をする少女。

 黙り、考え込む狐。
期待に満ちた眼差しの少女。
「やはり年齢差と言うのが」
何気に矛先を変えてみる。
「私は年下でも気にしないよ。
君は私じゃイヤなの?」
「違いますよ、逆です。
僕は妖狐、見た目はどうあれこれでも30年は生きています。
そう、そもそも昔初めて会った時、君はまだ小さくて。
僕は君の事を好きだからと言うよりは心配で見守っていたというか。
つまり、どちらかと言うと父親のような気持ちなのです!」
逃げ道を見つけたからか元気になる狐。
ちなみに、妖狐で三十と言えば今見せている少年の外見でそう問題ない。
が、次の一言で再び凍りつく。
「じゃあ、父親なら良いの?」
父親?
少女の、父親?
彼女の、父親、は、事故死、した。
「そんなこと言って良いと思っているのですか。
本当のお父さんが天国で……」
気遣ったのか、少年の発言。
それを止めたのは涙あふれる目で挑みかからんばかりの少女。
「それじゃどうすれば良いのよ!
パパもママも大好きで優しくて暖かかったけど。
もう、記憶しかないのに!」
じゃれ付いてくるのが好きだった少女。
今は父親に甘えることも母親と秘密の話をすることも、出来ない。

 七年前の冬。
少女は両親と祖父の居るこの地へ遊びに来た。
慣れない雪にはしゃいだ少女はくたくたに遊び疲れ。
眠っている彼女を置いて買い物に出かけた両親は。
両親を乗せた車は……
起きてきて祖父と玄関先で待っていた少女の見ている先で。
ガイドを越えて空へと舞った。

 以降、他に寄る辺の無い少女はこの地に住まうこととなり。
両親を目の前で亡くし、友人達とは離れ離れとされ、死に掛けた彼女の心を救ってくれたのはこの少年。

 少年が私のほうを見ている気がした。
構わない、その思いを伝えようと頷いてやるしぐさをする。

「良いですか、人と我々の間は貴方の考えている以上に深いへだた」
「なら、イヤなの?
何がイヤなの?
どうすれば良いの?
弟? いとこ?」
畳み掛ける少女はもはや涙目で。沈黙のにらみ合い。
折れるのは少年である、とにかくそう決まっている。
「ふぅ。
互いの望みが一つである以上は仕方ありませんね。
ですが、この姿でパパと呼ばれるのは望みません。
父親ではない方、でいかがです?」
それを聞き、嬉しそうに抱きつく少女。

 ちょ、ちょっと待て狐!
私が認めたのは父親代理であって娘をやるなんて一言もいってないぞ!
あ、こら。何を見つめ合って。
それは中学生にはまだ早……