クリスマスプレゼント(投稿者L氏)



「そいつを放せ!」
 グロック35を構えた日向涼の声が響き渡った。カラオケ店のロビーには既に二、三の死体が血溜まりを作り、クリスマスツリーも装飾品をぶちまけて倒れている。
「目的はオレだろうが!」
「ならどうするべきかはお前が一番知っているよな」
 相手のリーダー格らしい男の言葉に歯を食いしばりながら、涼は相手に捕まった桜庭岬に一瞬目を向けた。細い体を羽交い絞めにされ、そのショートの髪を掴まれている。まだあどけなさの残る顔は気丈であろうとして、返って怯えを露にしていた。
 ここへも細心の注意を払って、尾行られていたのをまいて入ってきたつもりだった。しかし、この様だった。岬と数年ぶりに再会したというのに。
「……オレとそいつを交換だ」
 目線を相手に戻し、涼はグロックを床に捨てて相手の方へ蹴った。
「涼!」
「N3の在り処が知りたきゃ早くしろ!」
 岬の声を無視するように涼は叫んだ。相手の数はリーダー格と岬を捕まえている者も含めて、六人。つまり、四人が涼に向けてサブマシンガン、MP5の銃口を向けていた。
 相手が岬を無言で開放し、背中を押した。岬は一瞬こちらに目を向けた。リーダー格一人なら抑えれる、というメッセージだったが、涼は何のサインも出さなかった。昔同じ訓練を受けたとは言っても、実戦から遠ざかって長い岬の目は震えていたからだ。
「岬、けが人の応急処置頼んだ」
「涼……」
 すれ違い様に言葉を交わした。岬は振り返ったようだが、涼はそうはしなかった。
「家で待ってろ、絶対行くから」
 四つの銃口に囲まれてロビーから自動ドアをくぐろうと言うときに、やっと涼は振り返り、背中を向けて手を振ったかと思うとドアが閉じた。
「あのバカ……」
 取り残された岬はロビーに崩れ落ちた。

 車が着いたのは郊外の工場だった。ここまで目隠しもせず連れてきたということは、生きて返す気はないのだろう。
「N3はどこだ」
 後ろ手に縛られた状態で五人の男に囲まれ、リーダー格の男が離れたところから尋ねてくる。
「知ってるか、サンタっていい子にしかプレゼントあげないんだぜ」
 言った瞬間に頬を拳が襲った。コンクリの床に叩きつけられ、さらにわき腹に蹴りが入り、涼は呻いた。
「幼少からカリキュラムで訓練され、高校生にして裏では〈エイザー〉と名の通った男。それが女一人にこの様か」
「るせぇ、N3が欲しいだけだろ、御託並べてんじゃ……ぐっ」
 容赦ない蹴りが襲う。それでも、なんとか右ポケットだけは蹴られないように、努力した。
 N3というのは、テロ組織から最近涼の所属するUNIAという組織が奪い返した兵器で、現在涼はその護衛任務につくことになって、ここに戻ってきたのだった。N3は冷戦をその一発で終わらせることができるとまで言われた兵器で、その詳細は明かされていない。
「しょうがない、あの女を連れてきてお前の目の前で痛めつけてやろうか。想像してみるといい、目の前で好きな女を犯されても何もできない自分の姿を」
 男はケラケラと笑った。
「あいつにこれ以上手出すな」
 床に這うようにしながらも、涼は男をにらめつけた。しかし、男はさらに笑い声を大きくしただけで、涼に背を向けた。
 怒りが込み上げた。N3はその一発で三次大戦を引き起こすことができる。だが、それを防ぐために何で岬が傷つけられなければならない。オレが死ねばN3の在り処はこいつらには分からない。だが、岬が無事ですむ保障がどこにある。
 秤にかければ、プロとして考えれば、N3が優先に決まっている。だが、オレは岬を何と秤にかけることはできないんだ。例え死んだとしても。
 体中が痛むが、怒りがそれをかき消した。
 体を捻り、それを軸に両足をプロペラの用に回して五人の敵を蹴って立ち上がった。手が塞がっていたため、すぐに倒れてしまったが、機械の陰に転がり込んだ。刹那、銃声と共に機械に銃弾が跳ねた。機械の突起に紐を引っ掛けて半ば強引に手を引き抜き、涼は大きく息を吸った。
「そいつを抑えろ、オレはあの女を確保する!」
 その声と共に一人の足音が階段の方へ向かっていた。
 銃弾が途切れた瞬間に、床に転がっていたスパナを拾って飛び出し、近付いていた一人の脳天を殴りながら、その男が倒れるのと同じ方向に駆け込み、その棚の影に男を引きずり込み、ナイフを奪い取った。
次に弾幕が途切れた瞬間に男の死体を盾にして立ち上がり、斜めに天井へと走るロープをナイフで叩ききった。刹那、ロープが暴れ、吊り下げられていた十数本の大きなパイプが弾けるように相手に雪崩落ちた。
二人がパイプに埋まり、避けて協調が崩れたところに、飛び出した涼は一人の銃を蹴り上げ、フックを顎に打ち込んだ。男が倒れると同時に、向けられたもう一人にナイフを投げた。それを避けた隙に近付くと、MP5の銃身を掴んで腹に拳を打ち込んだ。そのままつんのめった相手を銃ごと投げ飛ばし、MP5を奪った。
パイプから一人が抜け出そうとしていたが、近くの作業台の上に置かれていたグロックを手にして、躊躇うことなく窓を突き破って飛び降りた。地上三階の高さから着地、前転して衝撃を和らげると、前方で車が敷地を飛び出していった。
 すぐさま見回して、目に留まったバイクに駆け乗って、MP5の銃口を工場の方へ向けた。建設資材と共に、ダイナマイトが積み上げられているのを連れてこられた時に目にしていたのだ。
「許せ」
 トリガーを引いた。大量のダイナマイトが爆ぜ、それが工場全体へと広がっていった。窓という窓から赤い炎と爆風が飛び出し、地面が揺れる中、涼はバイクを走らせた。ヤマハのスポーツバイクは一気に加速して道路に飛び出した。
 郊外から街に入るところで、車に追いついた。信号で捉えようと思ったが、車は赤信号を突っ切った。急いで再びバイクを加速させ、涼は車の隙間を見計らって飛び出した。クラクションを背に車に追いついたが、急に進路を変更した車が対向車線に入ったのに一瞬遅れをとって、ウィリーの状態から中央分離帯に乗り上げた。
 再び車は海岸線の工場地帯に入った。車の量もゼロに等しい。直線に入ったところで涼はMP5を片手で構えて、敵のタイヤを狙った。フルオートで連射した弾が右後ろのタイヤを貫き、ふらついた車体がスピンし始めた。回転を読みきって間をすり抜けた涼は、ブレーキをきかせて前輪を浮かせ、百八十度回り始めた。
 片手でグロックを構え、そして、一瞬にしてボンネットに弾丸を数発撃ち込んだ。刹那、車が爆発し、部品が散乱した。
 そろそろ事態に気付いた本部が動き出しているだろうから、もうこれで放っておいて、奴らにはイヴを返上で事後処理に追われてもらおう。燃え上がる車に向かってMP5を放り投げてから、涼はその場でバイクをスピンターンさせ、エンジンを吹かせた。
 次の瞬間、背後からの殺気を感じて振り向いた時には、炎の中で立ち上がった影がこちらに銃口を向けていた。

 今までもずっと待っていた。いつか会えると思って。だから、これぐらい、すぐ帰ってくるのを待つぐらい、大したことじゃない。
 岬はそう心で呟いた。
 そうは思ってみても、いつも側にいた幼馴染が突然いなくなってからは、心に穴が開いたかのような毎日でもあった。そして再会できたのに、やはりまたすぐにいなくなった。
 知らない間に涼にはどんなことがあったんだろう。どれだけその手を血で染めたのだろう。あの世界に身をおくのをやめた自分と違って。逃げられないと知っていて逃げた自分と違って。
 そしてまた、涼は行ってしまった。昔と同じように、自分に留まるように言って。
 また、何年も会えないのかもしれない。いや、もう会えないのかもしれない。そんな考えがふと過ぎって、そして苦しくなった。
 岬は強く膝を抱き寄せて、そこに顔を伏せた。
「玄関で座って待ってるなんてよ、岬にもかわいいとこあるんだな」
 そう声が降った。顔を上げるとそこには、傷だらけの涼が笑っていた。
「あたしはいつだってかわいいでしょ」
「雪でも降るぜ?」
「うるさい」
 自然と岬の目には涙が溜まっていった。何でだろう、悲しくもなんともないのに、自然に込み上げてくる。
「何だよ、泣いてんのか」
「悪い?」
「いや」
 涼はからかうような口調ではなくなっていた。それが意外で、目じりを拭った岬はすぐに顔を上げた。すると、涼が右ポケットから取り出したものを、自然な動作で岬の首にかけた。
「クリスマスプレゼント。お前が欲しがってたネックレス」
 それは涼と離れ離れになる前に、岬が欲しがっていたものだった。見ると、涼も同じものを首にかけていた。
「最後ちょっと危なかったんだけどさ。どうにか壊されないで、オレも生きてた……みんな、殺しちまったけど」
 涼は辛そうだった。彼は人を殺すことなんて、全く望んでいないのに、そうしなければならない。お前は人を殺すな。そう岬に言って、涼は自分が全てを背負っているのだ。それは岬にも辛い。
「ただいま」
 いきなりそう言って、涼が穏やかに笑った。
「おかえり」
 岬もはにかみながらそう返した。すると、空からはらはらと白い雪が舞い降りてきた。
「マジで雪だよ」
「だから、あたしが降らせたんでしょ」
「ばーか」
「ばーか」
 今は、涼が数年ぶりに自分の前に帰ってきた。そして生きて無事に帰ってきたことが、なによりのクリスマスプレゼントだったなんて、涼には絶対言ってやらない。そう岬は心の中で呟いた。