キミも拳法家の魂を持っている!(投稿者U氏)
「……そろそろ決着をつけようか」
朝から晩まで拳と拳を交え続けた相手に向かってつぶやくように言うと、彼はゆっくりと構えを直した。
「食らえ我が奥義! 朱雀天翔拳!」
刹那、目にも留まらぬ速さで彼の指が相手の急所に突きこまれた。すると、相手の顔が上からどんどん黒ずんでき、彼の技が確実に効いていることを示した。しかし、倒れる気配はまったくなかった。
「ほう……この朱雀天翔拳をまともに受けて無事な者がいたとはな…………」
彼は生唾を飲み込んだ。これまで数多くの敵と拳を交えてきたが、ここまでてこずった相手はいなかった。相手の攻撃はたいしたことはなく、両手をポケットに入れていても余裕で避けられる。しかし、今回の相手は耐久力が半端ではなかった。技をいくら叩き込んでもびくともせず、何度も戦い方を根本から見直さねばならなかった。
しかし、彼には一つだけ変えられない戦術があった。
それは、拳のみで戦うこと……。
彼は拳法家であって格闘家ではない。故に、蹴りや関節技は一切使わない。それが自身を窮地に追い込むことになっても、彼は拳のみで戦い続けるだろう。
これこそが彼の信念、彼の美学なのである。
「これでどうだ! 鳳凰大翼拳! ……ならば白虎疾駆拳! ……うおおおおっ! 青竜天殺拳!」
彼の技は精巧無比で、狙った所に確実に叩き込んでいる。相手は避けることも防御することもままならないが、相手も相手で武勇名高い彼の元に差し向けられられた猛者である。そう、相手は防御など必要としない体を天から授かった身なのだ。
彼は対峙した瞬間からそれを悟っていたが、同時にひたすら相手を打ち続けるしか勝つ手段が無いことも悟っていた。だが、彼の持ち技は尽きかけていた。
「……たいしたものだ」
「…………」
「先程から口を開かないな、貴様は。だが、俺は分かっているぞ……貴様が無言でいる訳をな…………」
相手が無言である理由、それは時間を稼ぐためであった。
彼はある組織を敵に回しており、そこから数多くの刺客が送り込まれてくるのであった。十中八九、この相手が組織より送り出された時には、既に第二、第三の刺客が出発の準備をしていることであろう。
言葉や思考などの余分なエネルギーを全て打撃を受ける体に回せば、持ちこたえることができる時間は大幅に伸びる。そのようにして後続の刺客が来るのを待ち、数の力で圧殺しようとしているのだ。
「俺は二人以上を同時に相手とすることができないからな……まあ、当たり前の話だが」
自虐的につぶやくと、彼は呼吸を整えて全身の力を両の拳に集中させた。
「生き残るためには、この一撃で決着をつけるしかない……最終奥義! 戦神光臨拳!」
オーラをまとった拳が相手の体に叩き込まれた。その速さはこれまでの比ではなく、残像を残すほどであった。
タタタタタタッという軽快な音を立て続けることを暫し、彼は両手を引いて右手の人差し指に全身全霊の力を込めた。
「お前はもう死んでいる!」
相手の急所に深々と突き刺さされた指を見てにやりと笑うと、彼は拳法家ならば一度は言ってみたいセリフを叫んだ。
「やった〜っ! 終わったぞ〜っ!」
彼はEnterと書かれた場所から人差し指を離すと、心の奥底から叫んだ。
「今回はネタが思いつかなくて困ったんだよな……第4回ランダムバナー枠争奪・WanNe短編小説コンテスト。さてと、次はホムペの連載小説を書かないと……更新日は明後日だし…………」
両手を伸ばして椅子から立ち上がった瞬間、膝がテーブルに当たって揺れ、その上のコップがバランスを崩して……。
「げっ! お茶がノートパソコンに! ……あああああ〜っ! データが全部吹っ飛んだ〜っ!」
慌ててハンカチで拭いたが後の祭りであった。パソコンの画面は吹っ飛び、本体は奇怪な音を数秒立てた後に完全に沈黙してしまった。電源ボタンを何度押しても反応のカケラも示さない。
“お前はもう死んでいる”。彼と対峙したノートパソコンは本当にそうなってしまった……。