哀しみの連鎖(投稿者Z氏)



そのとき僕は、独りぼっちだった。いつからそうだったなんて憶えてない。気づいたら、独りぼっちだったんだ。
独りぼっちになる前、僕のお父さんとお母さんはどんな人だったのか、お兄ちゃんとかお姉ちゃんとか弟とか妹と
かがいるのか、だって、全然憶えてなかった。

僕が立っていても、周りの人は僕に気づいてくれない。声をかけても無視するし、触れようとするとスッって動い
て逃げてちゃう。僕がいることに気づいてくれるのは、誰もいない。僕はずーっと、独りぼっちだった。

いきなり泣きたくなっちゃって、僕は公園のベンチに座った。公園で遊んでいる子たちも、僕に気づいてくれなか
った。そんなときに僕は、木に寄っかかっている《あの子》を見つけた。《あの子》は綺麗な茶色い髪と、宝石み
たいに透き通った、丸い緑色の目をしていた。とっても可愛い、女の子だった。《あの子》は、つるつるのくちび
るで、よくわかんない歌を歌ってた。こんなの。

希望(ひかり)は何を 照らすのか
絶望(やみよ)は何を 包むのか
昼と夜の代行者 其を引き受けしは何者か
いくら問おうと 応(いら)えるものは何もなし
人を脱せしものなれば 問いに応えることもできようぞ
人を脱せしものなれば 我が望みも叶えられようぞ
我は待つ 人を脱せしものたちを
問いに応えるものを待ち 我は永遠(とわ)に此処にいよう
己が望みを叶えるために 終わりなき命(ひかり)を遂げるために

もう、それで終わりだったのかな。《あの子》は口を閉じちゃった。僕は《あの子》の声がもっと聞きたくて、
《あの子》に喋りかけた。でも、あんまり『きたい』っていうのはしてなかった。みんな僕に気づいてくれないか
ら、この子もそうだろーな、って。でも、気づいてくれた。「あなたはだぁれ?」って聞いてくれた。僕に気づい
てくれた、最初の子。嬉しかった。だけど、僕がだれだか、僕にもわかんなかったから、答えられなかったよ。う
ーん、ってなやんでたら、《あの子》がゆってきた。
「あなたの灯りは、消えてしまったのね」
「あかり、ってなーに?」
「灯りは光、光は命」
「……僕、よくわかんない」
むずかしい言葉ばっかりがいっぱい出てきて、こんがらがっちゃった。アニメだと、あたまの上とかにはてなマー
クが出てくるんだよね。
「もう、あなたの灯りは消えてしまった。あなたはもう、ここにいるべき人じゃないの。哀しいけれど、あなたは
ここにいてはいけない」
《あの子》は泣いちゃいそうな目だった。
「なんで? 僕は、ここにいちゃいけないの? 僕はみんなに無視されちゃうけど、そんな子はここにいちゃダメ
なの?」
「そう、あなたはここにいてはダメ。私が、あなたを『むこう』へ連れて行ってあげる。『むこう』には、あなた
のお父さんやお母さんがいるよ。さあ、行こう?」
《あの子》は手を出してきた。ほんとは怖かったけど、お父さんとお母さんのところに連れて行ってくれるならっ
て、僕は手をつないだ。
そしたら、すっごい怖いのが出てきた。おっきな車と、知らない女の人と手をつないでる僕。おっきな車は、僕と
知らない女の人のすぐそばまで来てて、知らない人は、僕を抱えてしゃがみこんだ。そんなときに、あのおっきな
車は僕たちの上を通り過ぎてった。体がすごく、ものすっごく痛くなった。
「……うわあぁぁぁああっ!」
女の子の前で男の子の僕が泣くのは、恥ずかしいことなのかな。でも、あんなに痛いのははじめてで、泣かないっ
ていうのは、ムリそうだった。
「ご、ごめんなさい……。思い出させてしまった。私が見てたものを、思い出させてしまったのね」
《あの子》は、僕の肩に手を置こうとしたけど、僕はその手をバチンて叩いて、走った。ずっと、ずっと、走って
た。体が痛いけど、《あの子》の前にいる方が、もっと痛かった。

いつの間にか僕は、川の前で座ってた。ここは、どこなんだろ。どうでもいいや。もう体、どこも痛くないし。
「僕は、死んじゃったのかな」
おっきな車が上を通り過ぎてったんだから、死んじゃうのは「あたりまえ」なのかな。じゃ、僕はなんで、ここに
いるの? 死んじゃったら、『てんごく』っていうのか『じごく』っていうのか、どっちかに行くんじゃないの?
「あなたは、迷える魂なの」
びっくりして隣を見たら、《あの子》が座ってた。
「私は、あなたを『むこう』へ連れて行かなくてはいけない。私が、あなたを死なせてしまったから。私は、『運
命』を決めなければいけなかった。だから、あなたを死なせてしまった。ごめんなさい、ごめんなさい……」
《あの子》はずっと、あやまってた。ずっと、泣いてた。『かわいそう』になって、僕もあやまった。
「僕も、ごめんね。叩いちゃって。痛かったでしょ」
ほんとは《あの子》の手にさわりたくなかった。また、体が痛くなりそうだったから。でもがんばって手をさわっ
てあげたよ。そしたら、こんどは痛くならなかった。
「もう、あなたに思い出させたくない。だから、あなたを『むこう』に連れて行きたいの。それでも、いい…?」
泣いて濡れた目で、《あの子》は僕を見てきた。僕は笑った。
「うん、いいよ。『むこう』ってところに、お父さんとお母さんがいるんでしょ。それなら、連れてって」
《あの子》が笑った。かわいい顔だった。
「ごめんなさい。ありがとう」
それから《あの子》はまた、よくわかんない歌を歌ってくれた。

揺り籠揺れるは 風の所為
万物の進化は 水の所為
草葉(くさは)が芽吹くは 土の所為
すべての起源は自然(もり)なりて 全てが帰すのも自然の奥
迷えし子供は 自然へと還せ
自然では母が 待ちわびる
迷えし子供は 暗闇(やみ)へと送れ
暗闇では父が 待ちわびる
子供の末は 己が真実(まこと)に従えや
さすれば汝は 望める神になりようぞ

いきなり、僕の体が透き通りはじめた。手が透けて、地面に生えた葉っぱが見えた。
「あなたの魂を、わたしが『むこう』へ送ってあげる。私の右手を、握ってて」
《あの子》がまた、手を出してくれた。僕はそれを、ぎゅっ、て掴んだ。
そういえば、名前を聞いてなかったな。そう思ってたら、《あの子》はそれがわかったのかな、ゆってきた。
「私は運命を決める者、名前は《メイカ》」
「めいかちゃん、よろしくね」
《あの子》――メイカちゃんは、僕の言ったこと、聞こえたかな。
もうそれからは、何もわからなくなっちゃった。


子供の魂が消え、残ったのは、運命を決める者・メイカのみ。
「また、迷える魂を『むこう』へ送り出せた。けれどまた一つ、迷える魂が増える。いつ、この哀しみは終わるの
でしょうか……」
メイカの頬に、一筋の涙が落ちる。
そして彼女は、再び歩き出した。新たに増えた、迷える魂を『むこう』へ送り出すために。この哀しみの連鎖を、
終わらせるために。