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結婚〜めぐるめぐる因果のらせん(投稿者:茅氏)


 節子は目の前の娘の姿を見、そっと目頭を押さえた。真っ白なウエディングドレスに身を包んだ彼女は今まで見てきた中で一番美しい顔をしている。
 夫には早くに逝かれ、以来一人で育ててきた愛娘は今日、花嫁となる日を迎えた。
 新郎は娘と同い年の同級生。娘とは高校生の時からの付き合いだという。彼らは今年で二十四。まだまだ頼りなく節子の目には映るがみるからに誠実そうな好青年でもあった。この青年ならば娘を不幸にすることはあるまいと、節子は無理やり自分を納得させた。

「いい天気になりましたね」
 にこやかに新郎の父が節子に話しかけてきた。
 節子が女一人で娘を育てたのに対し、彼は男手一つで一人息子を育てたと聞く。なんたる擬似境遇。娘がそのことを告げたとき、そう言って節子はあきれたものである。
 目の前の新郎の父はとても成人の息子がいる年令には見えないくらい若かった。節子は子供を生んだ年が遅かったので、ともすれば目の前の新郎の父と親子にさえ見える。
「このたびはおめでとうございます」
 やや儀礼的に節子は頭を下げる。そして付け加えた。
「お久しぶり」
「はい……先生」
 苦笑する新郎の顔はその瞬間、うんと子供っぽくなった。

 節子と夫は長く教職についていた。長年子供に恵まれなかった夫婦だったので、生徒たちのことはまるで我が子同然に思えたものである。
 その当時、節子は中学二年生の担任をしていた。みな可愛い生徒達。手のかからない子もいれば手のかかりすぎる子もいた。教師にとって後者ほど良く印象に残っているものである。
 比呂もそんな子供だった。
 当時にしてはめずらしいその名のせいか比呂はからかいの的だった。そのうち良くない仲間と付き合い始め、節子はそのたびに眦をつり上げて説教にかかったものだがその甲斐なくすっかりグレてしまった。クラスを持ってからの初めての問題児だったので節子のあせりもより拍車がかかる。その素行に頭を痛め、このままでは進学も就職も危ういと節子は奮起した。校長にかけあい、「どうかあの問題児の担任をもう一年させてくれ」と頼みこんだものだ。
 その直後に分かった妊娠。
 高齢出産の為、節子は休職を余儀なくされた。
 復職した時、比呂はとうに卒業してしまっていた。風の便りに付き合っていた女の子に子供を生ませたと聞いた。

「こんな形で会うなんて思いませんでしたよ、先生」
 目の前で笑う新郎の父の名を、比呂という。何があったのかはくわしく知らないが、男手一つで息子を育てていくのは大変な苦労だったと思う。母親はどうしたのか、その理由
は娘からも聞いていない。
「本当に、おかしな縁ね」
 息子のようだった生徒の息子と、実の娘があろうことか結婚なんて。
「ウチの息子はいい子ですよ。何しろ親を反面教師にして育ちましたからね」
「そのようね。あなたには手を焼かされたわ」
 節子は軽くにらみつけ、苦笑した。



 新郎新婦が誓いのキスを交わす。結婚式のクライマックス。祝福の拍手が嵐の様に鳴る。
 若夫婦の親たちは顔を見合わせ微笑んだ。
 比呂は言わない。初恋の相手がひとまわりも年上の中学時代の教師であったことなど。
 節子も言わない。昔、夫と知り合う前に不倫で生んだ男の子のことなど。
 ――その子にヒロと名付けて捨てたことなんて、誰にも言わない。

 祝福の鐘が鳴る。
 一見幸福そうに見えるこの結婚式の冥い部分を、ただ節子だけが知っていた。


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