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代わりになってよ(投稿者:夢希氏)


「幸が、忘れさせてくれるか?」
告白して振られた、夕方の事。
綾の俺への態度は周囲をして綾姉と呼ばせた程だった。
でも姉、結局はそれまでで。
今の台詞?冗談さ。
幸がからかいながら励ましてくれてそれで終わるはずだった。
それが……
「良いわよ」
考えてもなかった承諾、逆に驚く。
「幾ら何でもそれは」
「何か問題?
恋人居ない同士、どう付き合った所でどこからも文句言われる筋合いは無いわ」
「そりゃそうかもしれないけどさ」
こっちは振られたてなのだ。
「あのね、先に変な事言い出したのは靖の方。
告白出来ないで苦しんでたのは靖だけじゃ無いっていうのに」
「まさか……」
「大正解♪」
「でも」
出かけた拒絶を飲み込む。
断れば綾に続いて幸まで、親しい女友達を同時に無くしてしまうかもしれない。
けど、乗ってしまえば……

言い換える。
「それじゃ、今日はうちに泊まっていくか」
試している、俺はまだ本気にしてないのか?
いずれにしろ幸は携帯を取り出して、
「ううん、まだ馬場。
酔っちゃって独りじゃ帰れそうにない子送ってくから。
うん、今夜は帰れないわ。
ん?大丈夫よ。
それじゃ、おやすみ」
そして俺の方を向く。
「さ、連れてって」
「お前。
でもなぁ……」
「あなたが誰を好きかも私をどう思ってるかも知ってるわ。
その上で私が代わりになってあげるの。
どう?」
そう言って笑いかけてくる。
改めて幸を見る。
代わりなんて言わなくても十分綺麗、辛口な性格も嫌いじゃない。
対する綾は俺だけの完璧。
……そして、もう振られた。

なら、断る謂れは無い?
馬鹿げてる。
そう思うと目の前のグラスを一気に呷る。
その程度の思いで告白などしない。

 綾に初めて会ったのは予備校で。
綾は浪人中で俺はまだ高校生だった。
以降綾は『親の勝手で別れた弟がこんなかなあって思うとねー』とか言ってずっと親身でいてくれた。
そして、いつまでも弟の様にしか。

もう、忘れよう。

告白したのは前へ進むため。
綾の俺への思いを変えるか、若しくは……

前へ進む、結局はそういう事。
時間も相手も重要では無い。
いや、時間は短い程、相手は綺麗な程成功のはずだ。
なら、理想的?
偽りの関係でも続けていれば何時かは大事に思えるかもしれない。


……


「ちくしょう」
幸の寝顔を覗き込む、今更のように頭ががんがんする。
狭い布団の中、隣で幸が男物の服を着て寝ていた。
記憶なんか無くても何があったかは聞くまでも無い。
『酒に酔って』そんなの通用しない。
ただ傷を癒すために。
彼女の方を向いてすらいない欲望のはけ口として。
許されるはずも無い。
襲った方も。
誘った方も……

再び憎々しげに幸の寝顔を覗き込みながら俺は眠りに落ちた。


 朝、魚の焼けた匂いと味噌汁の香りに釣られて目を覚ます。
俺が起きたのに気付いた幸はおはようとにっこり笑うと味噌汁を火に掛けご飯をよそう。
隅の小さなテーブルにはアジの開きと漬け物が置かれていた。
近所の24時間スーパーはうちが溜まり場になる理由の一つ。
そして幸にとってここは勝手知ったる俺の家。
朝餉、下らない手とは思うがそれでも嬉しくない訳が無い。


「あんたねえ、何を考えてるの!」
キャンパスを幸と二人で歩いていると突然怒鳴られる。
綾だ。
告白した次の日にもう違う相手と付き合ってるときたら怒るのも無理は無い。
そう思っていたが、
「余っているもの同士でくっついただけよ。
何かいけない?」
綾は俺ではなく幸の方をきつい目で睨みつけている。
そう言えば幸と綾は以前から仲が悪かった。
「そりゃ、確かに振ったけどさぁ。
それでも靖が大切な友人なのに変わりは無い訳。
あんたが以前から狙ってたのは知ってるけどこれはずるいと思わない?
靖に変なちょっかい出さないでよ」
綾姉暴走中……
「そして靖はあなたの目の黒いうちははいつまでも一人身?」
冷静な幸。
「そんなこと言ってんじゃないの!
寂しんでるのに付け込まないでって言ってんのよ。
靖にはもっと相応しい相手が絶対いるんだから」
「大丈夫、その相手にはもう振られたらしいから」
「うっさいなあ、事情は知ってんでしょ。
それでもあんたに上げる位なら私が貰うわよ!」
え……!
「残念、もう少し早ければね」
幸はそう言いながら俺を抱き寄せる。
綾の目が怒りを余裕で通り越して点になった。
「もう買い取り済みなのよ」
それと同時に隣に居た友人の矢那が「綾、幾ら何でも言ってること無茶苦茶」とか言って綾を引っ張っていった。


 まだ夕方だと言うのに、連泊は無理だから……
何をやってるんだか。
でも不思議と罪悪感は無い。
「靖、覚悟は出来てる?」
「あぁ、落ちるとこまで落ちるさ」
「そうじゃなくて。
あっ……」
小さく叫んで慌てたように続ける。
「上条に何言われても私と居る覚悟。
更には上条に嫌われる覚悟」
言い終える頃にはもういつもの幸。
「幸を取るか綾を取るか、か」
「そういうこと。
けど分かってるんでしょ?
どうしたって上条は手に入らないわよ」
その言葉で動きかけていた手が止まる。

忘れられないどころかただの代わり。
そんな俺に、何の資格も有りはしない。
そして、それは幸も……


 綾が俺を避けている。
覚悟は、していた。
目が合うと軽蔑したように睨もうとしてすぐ目を逸らす。
それでも心配されているのは分かるだけにこの扱いが余計に辛い。

 友人達の反応は様々。
歓迎する奴、反対する奴。
そして、綾が可哀相とか最低とかで責めてくる奴。

 綾が遠くなるに連れて幸が大きな位置を占めてくる。
一緒の時間が長くなると意外な一面も現れる。
おっちょこちょい。
しっかりしているようで抜けている。
『分かってるから任せて』って顔して平気で勘違いしてたり。
でも、それを俺以外には分からない位にフォローしてみせる。
今まで一人で生きてきた彼女らしくて。
それすらいとおしく思える。

 そうそう、いつもひねた感じの幸だけど満面の笑みと言うのかな、そんな風に笑うとものすごく可愛くなる。
滅多にお目にかかれない俺だけの秘密。



 ふと思う、このまま幸と一緒になる未来もあるのか。




 そして一月が過ぎ。
「靖、ちょっと良い?」
久しぶりの綾。
本物、代わりじゃない。
嬉しいけれどもそれで心を乱されることはもう、無い。
「うん」
「今まで酷くしてごめん。
謝るから、これからも以前みたいにして良い?」
自信の無い時の怯えた声。
その後の安堵の息が好きだった。
けど、今はその前に聞かなきゃいけない事がある。
「幸の事は」
綾の視線が一瞬きつくなる。
そして、
「認めたくなんて無いけど仕方無いじゃない。
結局何もしないし。
知らないはず無いのにさ」
何のこと?
「ま、有害だと確定するまで放っといてあげる」
「二人が仲良くしてもらえると一番嬉しいんだけど」
「あ、それはムリ。
うちらライバルだから。
勝てると思ってたけど今はちょっと……」

 綾が諦めると周囲も幸を認め始めた。
俺の隣に幸がいる、それが普通になる。
それなのに幸は最近浮かない表情をすることが多い。
訳を聞いても誤魔化すばかり。
思い当たる節?結局あれ以来手を出せていない事。
それと、まだ俺は……


 そんなある日、大学から帰ってくると幸がうずくまって窓の外をボーっと眺めていた。
俺に気付くと振り向きもせずに小さくおかえりとだけ呟く。
普通じゃ無い。
驚いた俺は彼女の前に立つと両肩に手を置きじっと見つめる。
静寂の中ずっと待つ。

「私は、靖に相応しい相手じゃないから」

やっと出てきた言葉は幸のものとは思えなかった。
そして静かに俺の手を払うと立ち上がってお茶を注ぐ。
「何言ってんだ。
綾だって認めたっていうのに」
「認めてない!
靖と話せないのに参って折れただけ。
上条は前から気付いてた、私がずるくて卑怯な奴だって。
だから靖に近づけないようにしてた」

渡されたお茶を飲む。

「初めのには驚いたけど幸は別にずるくないさ」
「違うの、私は想像もつかない位卑怯で。
だから靖は気付いてないだけで。
あ、あの時のお酒だってすごく濃くしてもらってた。
いつもの靖ならすぐ気付いてる。
それに、あの後靖は家に着いてすぐ寝ちゃったのに。
それをまるで……」
必死で続けようとする幸を抱きしめる。
「関係無い」
「綾にも弱みを握って何もさせない。
そんなずるい私に愛される資格なんてこれっぽっちも無くて。
だけど靖のことは本当に好きで」
「ずるいのなら俺が上さ」
好きでもなかった女で寂しさを埋めようとした。
「靖は何にも悪くない」
そして幸は今までで一番悲しそうな顔に変わる。
俺はといえば、何故かこんな時に睡魔に襲われる。
「そして私はいつも卑怯」
くそ!
眠気を追い払おうにも身体は少しも動かない。
寝ちゃ、ダメだ。

ドタッ!

どうにかバランスを崩して畳に倒れる。
その一瞬の刺激で、
「それでも愛して」
呟きかけ、そのまま眠りへ落ちていく。
「そしてまた、騙しちゃう」
大好きな女が、ないている。
てを、さしの、べ……




 朝、目を覚ます。
外はまだ薄暗いが室内には朝餉の匂いが……

しない!

慌てて飛び起きる。
まだ早朝だから、必死でそう思おうとする。
けど、どこにも幸が居ない。
そしてテーブルには綺麗に畳まれた紙。
書き置き。
全てを理解し、瞬間破り捨てていた。
後を追う手掛かりかも?
幸はそういうことはしない、知っている。
例え追い掛けて来て欲しくても、だ。
「面倒な性格」
そう呟くと旅の準備を始める。
服や何かを鞄に詰め込むと、電話で友人に金を借りる。
親には?
連絡する程でも無いだろう。
後で幸と二人、顔を出せば良い。
当ては無いのに不思議とどうにかなる気がする。




幸が嬉しそうに歩いてくる。

「参ったね、私ってちゃんと愛されてたんだ。
靖って口に出してくれないから分かりにくいのよ。
あの後一人で恥ずかくてしょうがなかったわ。
まあ、良いわよ過ぎたことだし。
靖もあの時間から寝てればさすがにもう起きてる頃かしら。
でも朝食買いに行くのは書いておいたし問題はないわよね」


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