TOP<LIST


季節はずれ(投稿者:見城あ〜る氏)


京都に旅行でやってきた

「流石千年王都、格式が違うねぇ」

偉そうな台詞を誰に言うでもなく、大声で呟く
呟きながら爽やかな笑顔を携えて、痛々しさを振りまいて生きる
そう、俺は失恋旅行者だ

僕達のレールは並んで続くけど、決して交わる事がないんだ

最後の俺の台詞に、彼女は鼻で笑うという行為でレスポンス
分かり合えないことほど辛いことはない、だから旅に出た、そうだ京都行こう、18切符で3時間
残暑も衰え、やがて秋が来ようという頃
紅葉には早く、特にイベントが無い、早い話が季節はずれだ
だから安いし人も少なくて、傷心を癒すにはもってこいだろう、俺は思っていた

甘かった

清水寺周辺、特に産寧坂のあたりは酷く
芋洗いの如く修学旅行生で溢れかえり
3年坂で転ぶかもしれないなどという、淡いドキドキ浪漫すら
混雑のせいで、倒れたら3年はおろか、即死という状況
情緒のかけらもない

市内はダメだ

悟った俺は、大原まで足を伸ばした
バスに乗ってのんびりと揺られ、京都市外へ脱出をはかる
寂れてる方が失恋には、よく似合う
うそぶく俺の耳には、バスの運転手の「わりゃぁ、しばくぞっ」という
破滅的に情緒の無い台詞が届いていた、京都って・・・

「おおぉお」

思わず嘆息、いや驚きの声
さっきまでも確かに田舎臭いというか、古くさい街並みだったが
今度は本当に田舎臭い、ちょっと行くだけでこんなに田圃があるのかよ
バス停で降りて、ゆっくりと歩く
田圃の畦道には、赤い薄気味悪い花が何百と連なっている、彼岸花だ

「”華”という感じだな」

バカには書けない字の方を思い浮かべつつ
稲穂との妙を堪能する
秋空の蒼、彼岸花の赤、稲穂の黄色
色彩が目になんとも新鮮だ

「ねぇ、ひとり?」

「え?」

俺は運命をそこで感じたんだ

声をかけてきたのは、髪の短い色白の女の子だった
歳は多分同じ、もしくは下
かわいらしい笑顔で、どうやら俺のフェロモンに引き寄せられてしまったらしい
まったく困った子猫ちゃんだ

「ふふふ」

「ん、何かおかしかった?」

「あ、いや、別に・・・・・えっと、なにか?」

脳内を読まれたのではないかと、一瞬怯んでしまう
す、すいません、子猫ちゃんは言い過ぎでした、調子にのってました
心で謝るが、そんな事知るわけなく彼女は喋りかけてきた

「ううん、ねぇ、そんなに珍しいの?ずっと見てるけど」

「ああ・・・、こんなに群生してるのは初めて見るから」

しどろもどろの俺に、屈託のない笑顔を向ける
運命だ、俺は五秒で恋に落ちたんだ
マキシマムにポエムをほとばしらせるほど
彼女の笑顔は素敵で、恋が始まるのは自然だった、ラブストーリーは突然だ

「君は・・・この辺りの人?」

「うん・・・でも、里に降りたのは10年ぶりかな」

「10年?・・・なに?引っ越してたの??」

「ううん、近くなんだけどね」

困った口調の彼女、秋の色が本当に似合うと思った
赤い華や蒼い空が、絵の具じゃ出ない色で彼女を描いている
この原風景にとけ込むような少女だ、絵から出てきたみたい

「あのね、もっとたくさん咲いてる所があるんだ、一緒に行かない?」

彼女からの誘い
断るという言葉を俺は教わらなかった

こうなるのは必然だったのさ

俺の魂がそう叫んだ、俺の詩才が炸裂してしまう
二人並んで畦道を歩く、唐突だったけど、本当に収まりがよくて
なんだかずっと前から、こんな時が来るのを待ってたような気すらする
いや、気だけじゃない、実際だね、運命だね、決められたことだよ、神に

「曼珠沙華・・・・・・好きなの?」

「マンジュ・・・・・ああ、彼岸花のこと?・・・うん、ちょっと気味が悪いけど、綺麗な華だよね」

「本当、気味が悪いね、お墓の周りとかに多いもんね」

「確か、根っこに毒があって、ねずみ除けになるから、墓の周りに植えるんだって聞いたな」

「へー、詳しいんだー」

「いや、学校で植物の研究をしてるからサ」

語尾をキザに振る舞ってみたりする
持てる知識をフル動員して、学識のある人だと思わせようと
今までの人生で最大の努力を注ぐ

「そっか、昔話とは違うんだね」

「昔話?」

「うん、曼珠沙華は人の血を吸って赤い華を咲かせるんだって・・・だから、お墓に多いんだって・・・」

彼女は、やや声を恐ろしげに繕ってそう呟いた
けど声はそうでも、笑顔が相変わらずなので、なんだか滑稽だ
落語みたいな調子になってる、そんな俺の様子に気付いたのか
てへり、と舌をだして彼女がおどける
爆裂かわいい

「あんまり、怖くなんなかった?ダメだね」

「だって、どんなに怖くたって、君が可愛いから・・・」

「え?」

かぁ、
音がするように頬を染める、なんてこった、この子猫ちゃんわ
すっかり俺はイチコロだし、彼女も様子からしてそうなんだろう
お互い、なんともいえない空気を感じ取って、とりあえず愛想笑い

「えー・・・と、そこってどれくらい先なの?」

「あ、うん、もうちょっと・・・原っぱじゃないの、木がいっぱいあって陰ってて」

「木がいっぱいで陰ってて・・・・」

「・・あ、・・・その、うん、そういうつもりじゃ・・・えと」

すっかりドキドキラヴラヴなモードに突入してしまったわけで
少しだけ速度を緩めた、気兼ねじゃないが、そんな感じだ
誤魔化すように彼女が切り出した

「・・・あ・・・そうだ、さっきの話の続き」

「う、うん」

「もともと曼珠沙華は白い花だったの、彼岸花っていう名前で」

「あ、そうなの?」

「あくまでお話の上ではね・・・・でも、ある時大きな戦があって、死んだ人がたくさん居たの
その中で、殺された恨みが籠もった人の血を白い彼岸花は吸い取って、禍々しい色になったってお話」

「ありがちだなぁ、桜の下に死体がある話みたいだ」

俺が苦笑まじりに言うと、彼女は残念という顔をした
結構歩いたらしい、ようやくその場所についた
丘ではないが、少し高くなっているらしく
緩い勾配を上って、森に入った

「うあ・・・・す、すげっ」

「ね、凄いでしょう」

誇らしげに語る彼女の背中側
何千、何万という彼岸花が一斉に咲いている
地面から茎だけが、するすると伸びて
その頂点には、あの不気味な形の華が見事に咲き誇っている、ただ

「全部、真っ白なんだね・・・・・」

「珍しいよね・・・でも綺麗じゃない?」

君の方が綺麗だよ

いつもならそう言うところだが、あまりの景色に圧倒されて
言葉が続かなかった、きらきら光るように咲いている華
最初はためらったが、そっとその場所に足を踏み入れた
落ち葉が幾重も重なってできた土、踏むたびに柔らかい感触が返る

彼女も静かに後ろをついてきてるみたいだった
背中越しに話しかけてきた

「ねぇ、さっきの話」

「ん?血を吸う話?」

「うん、続きがあるの・・・」

「つづき」

「・・・血を吸って赤くなった彼岸花は、やがてまた白く戻ってしまうの、
それは血が切れてしまったからで、染み込んだ恨みがなくなったわけじゃないの」

「・・・・・」

「恨みを忘れないためにも、赤い華を咲かせ続ける必要がある、だから、
彼岸花は新しい血を、死体を求めて葉を遣いに出すの、だから毎年、茎だけで咲く」

「・・・・・そ、そうなんだ」

「うん、赤い華はね、10年に一度白く戻るの、だから葉は10年に一度戻ってくるの、死体を連れて」

「・・・・10年??、え」

思わず振り返る、彼女はぽつんと立っている
真っ直ぐに気を付けをしたみたいに、表情もなく続ける

「あのね・・・・・戦で死んだ人って・・・・・罪のない里の女の子なんだって、
襲われた時、嫁入り前の白無垢だった、真っ白な純潔を失って、命からがら、真っ赤ま血に染まって逃げてきた
だけどもう息絶える、辿り着いた場所で、白い彼岸花がこんな風に満開で・・・・自分もそうだったのにと
涙を流して怨んだの・・・・・お前も真っ赤に染めてやる、この恨みをいつまでも刻んでやる・・・」

微笑う彼女の顔は、透き通るように白い
俺は足が動かなくなった、柔らかかった地面が、今は足を掴んでいるようにすら錯覚する

「どうしたの?もっと楽しそうに聞いてよ」

「う、うん・・・・」

足がすくむ
10年ぶりにやってきた白い少女は
本当、会った時から変わらない眩いばかりの笑顔だ
薄く開けられた目が、慈しむように俺を見ている

「ねぇ・・・・・・ふふ、どうしたの」

「う、ぅううああっっ!!!!」

がばっ
笑顔のまま彼女が俺の頬を撫でた
途端に、腰がぬけてその場に崩れてしまった
後ずさる、どんと、背中が大きな桜の木にぶつかった
彼女は俺を見おろしている、恐怖で凍る、た、たすけて・・・

「・・・・・やだ、そんなに怖かった?」

「へ?」

「ふふ・・・やったね、私の演技もまんざらじゃないね、あはは、ごめんごめんっ」

「え?え?・・な、なんだ・・・いや、は、はははは、そりゃそうだよな、ははは」

困ったような顔で彼女が慌てて何度も、ごめんを繰り返す
どっと力が抜けた・・・・・
迫真に迫った演技に見事やられてしまった
まったく、なんてイタズラ子猫ちゃんなんだ、マジでビビったじゃないか

「なんだよ、本当、マジ怖かった・・・・ああ、びっくりした」

「ふふ、ごめんね、私が彼岸花の葉だと思った?くっくっく、無いない、絶対ナイ」

面白おかしそうに彼女が言う
してやったり顔、そんなイタズラっぽい笑顔も
やっぱり可愛くて仕方ない、つられて俺も笑ってしまう

「だって私さ」

ため息混じりに彼女の台詞

そこの櫻の下に居るのよ、すっかり血が切れてしまったけど





ねぇ、真っ白でしょう?あの華みたいに


TOP<LIST | NEXT