乾きに嘘ぽつん(投稿者F氏)
それを言うまでには果てしない時間を有して、彼をずいぶん待たせてしまったかと思う。
子供な私には荷が重くて、言うには力をためなければならなかった。
かといって背負うには辛く、どっちつかずでぎりぎりまで悩んでいたのだけれど。
幸い彼は気が長いほうで、それとも私の気持ちを察していたのか、言おうとしている事を知っていたのか。
私が口を開くまで辛抱強く待ってくれて、湯気の立っていたコーヒーも冷め切るまで黙っていた。
彼の用意してくれた沈黙の中で私が得たものといえば落ち着きと、観念することだった。
本当は葛藤していたかったのかもしれない。
だけどここまで言う準備が整っていたら言わざるを得なくて。
私は私と彼が用意したこの場で、私と彼を独りにする言葉を彼に伝えた。
「引っ越すの」
遠距離恋愛に希望を抱けない私は弱いだろうか。
親の都合で引き裂かれる私たちのこの距離間。
無理矢理にも何百キロと短期間で引き離されるだろう。
だけど何よりも怖いのは、じわじわと距離間や時間に引き裂かれていく未来。
離れていく事が悲しいというよりもそんな未来がたやすく訪れるであろうことが容易に想像できて。
私は子供だからすぐ不安になるし彼は大人だからきっと余裕があるだろう。
それがますます私の不安を煽る。
別れ際まで漠然とした愛を徒然語るよりも離れないと抱き合っていたい。
でも彼は、きっと予想通りの反応を示すだろう。
「そっか、いつ?」
落ち着いている。それが私の心をかき乱す。
この場で私が激昂して大嫌いと叫んだら、彼は驚いてくれるだろうか。
それもいいかもしれない。
彼の驚いた顔を目に焼き付けていれば、少しは救われるかもしれない。
拭えぬ寂しさを紛らわす材料になってくれるかもしれない。
だけど、そんなもの残したらもっと私が辛くなるかもしれない。
「……来週」
「早いな」
結局私は最後の最後まで踏み切れなかった。臆病でずるい。もう先は見えてるのに。
彼はきっと私に別れを告げることはないだろう。
きっと私たちが別れる時は私から言い出すのだろう。
今の内に謝っておこうか、それとも今の内に別れてしまおうか。
ぽっと出た選択肢に、条件反射の如く嫌だと拒否反応が出る。
それでもわかりきった結末を見つめながら、それを迎える日まで怯えて暮らしたくはない。
結局私は私に耐え切れないのだ。
からからに渇いた喉に耐えて、声を無理矢理引き出した。
「わ」
「じゃあ一緒に死のうか」
ごくりと、潤いもないのに喉が鳴る。
彼を見つめると真剣な微笑を浮かべていた。
真剣な目で、ふっと微笑んでいた。
「嘘だよ」
彼は、別れを恐れてはいない。
距離も時間も恐れてはいない。
彼は私を恐れている。
黒く波紋を広げる冷たいコーヒーに口をつける彼を前にして、
私の中の未来予想図は規則的なゆがみに揺れていった。