二人の居場所(投稿者ロ氏)
隣国との休戦協定が締結されて、二ヶ月。
少年は独り、町を歩いていた。
彼の髪は赤く、この辺りにはなかなかない色だ。赤毛も、灰色の目も、少々不吉なものとして知られていた。
少年は歩きながら、周囲を見回す。その目に映るのは、崩れかけた家や、焦げた芝生。テントから覗く、親を亡くした子どもたちの目。疲れた顔の、腕を吊るした兵士。
戦いの爪痕はあちこちに残っているものの、人々の顔には、疲労と同時に、明日への希望がほの見える。
助け合いながら家を直していたり、配給制の食事を分け合ったり……そういった人々とすれ違いながら、彼は歩き続ける。
行く当てもない。やるべきこともない。彼はただ、歩き続ける。
町の静かな辺りを歩いているうちに、彼は、一人の女の子に出会った。髪を短くかり込んだ彼女は、木の柵に腰かけ、寂しそうに、閉鎖されているらしい工場を眺めていた。
工場への門には傾いた看板がかけられているが、そこに刻まれた文字は、墨のようなものでめちゃくちゃに塗りつぶされ、どんな工場なのか、何という名前なのかもわからない。
少年は、工場への興味を失った。それよりも気になるのは、祈るように工場を眺め続けている少女だ。
――こんなところに一人でいるなんて、この子も、行き場をなくしたんだろうか?
「きみ、何してるの?」
少年が思い切って声を掛けると、女の子は、青い目を丸くして振り返った。
「うん……ぼうっとしてた。あたしの居場所、なくなっちゃったから」
この子も、やっぱりぼくと同じか。
少年は、妙な親近感を覚えて、彼女のとなりに腰かける。
「ぼくも同じだよ。何もなくなった」
居場所。必要としてくれていた人々。自分の役目。
過ぎた日々を思いながら、少年がふと見上げてみると、空が青い。二ヶ月前まで戦闘機が飛び交っていたそこには、今は小鳥たちが行き交うだけ。
つられて見上げていた女の子は、うつむいて、小さく溜め息を洩らす。
「まさか、あんなことになるなんてね。この国が最強の兵器を開発したって聞いたときは、もっとあの場所にいられると思ったのに」
「兵器が、きみの居場所を護れなかった……?」
「うん……でも、いいの。自分の居場所は、自分でつくるって決めたから」
女の子は、決意のある目で、再び工場を見る。
――彼女と同じ、強い目に、ぼくの、色も何もかも彼女とは違う目が、なれるだろうか?
少年は、自問自答する。
「ぼくにもできるかな……自分の居場所をつくること」
まだ、自信が持てない。彼が迷いを口にすると、女の子は、勇気づけるように、同年くらいの、少年の手を握った。
「できるよ、あなたならできる。だから、あきらめないで。失ったものは、自分でつくるんだよ」
そう、彼女の言う通りだと、少年は思う。
意味の無い場所なんて要らない。居場所が必要なら、つくればいい。新たに必要としてくれる人々を見つければいい。自分が望む役目を果たせばいい。
女の子に礼を言って、少年は新たな一歩を踏み出した。
――あの女の子は、気づかなかったに違いない。
少年は、少しだけ罪悪感を抱きながら歩き続ける。
――ぼくが、この国がつくり出した、最強の兵器であることを。
あれから間もなく、この国は再び、戦争に突入した。それも、あの最強の兵器が勝手に他の国に攻撃を仕掛けたのが始まりだ。
少女は笑顔で、閉鎖された工場の前で出会った少年を思う。
彼の事は、当然知っていた。最強の兵器のオプションを製作するためには、ベースのデータが必要だ。
――あたしは感謝している。前の戦争の時は、彼がすぐに戦争を終わらせてしまったので、全然お金が入らなかったのだ。それも、再び工場が動き出したことで、取り返せる。
新しい武器の設計図を開きながら、少女は胸を弾ませた。これからもっともっと、この工場を大きくするのだ。
――彼は気づかなかったに違いない。
少女は、仲間に囲まれ、ようやく帰ってこられた居場所で、少しだけ罪悪感を抱きながら、働き続ける。
――あたしが、この兵器工場の主任であることを。