終着駅で待ってます(投稿者ハ氏)
『終着駅で待っています』
手にはそんな一言だけの手紙が握られている。
この手紙を発見して、慌てて電車に飛び乗ったのは、どれぐらい前だろうか。既にかなりの時間が経っているのにも関わらず、電車はまだ、走りつづけている。
《次は〜、羊の原〜、羊の原〜》
間延びした運転手の声と、電車の揺れる単調な音が、灰色をした景色とあいまって、時間感覚を奪っていく。本当に、どれぐらいの時間が経ったんだろう。
キッ、とかすかな音を立てて、電車が駅に止まった。音もなく扉が開いて、数人が降り、逆に数人乗ってくる。全員乗ったところで、また電車がすっと走り出した。
《次は〜牛見台、牛見台》
またアナウンスが聞こえる。既に慣れてしまったトーン。
目の前の景色がどんどん、流れていく。それなのに、全く同じ景色ばかりのせいで、一瞬、電車が止まっている風に感じてしまう。
またかすかな音を立てながら、電車が止まった。
さっきと全く同じ光景。もしかして同じ駅なんじゃないかと疑ってしまうほど、そっくりだった。
次は、双子橋か・・・・・
そう思って、ふっと疑問に思った。この電車に乗るのは、初めてのはずなのに、なんで自分は次の停留所の名前が分かったのだろう。そういえば、さっきの停留所の名前を聞いたときも、一瞬何か感じた。
何故そんな風に思ったんだろう・・・。
シュ、と音を立てて、扉が閉まった。反射的に顔を扉の方に向けると、その上についているものを見て、あ!とつい声を上げる。
そこには、停留所の名前が書かれていた。右端から、『羊の原』、『牛見台』、次の駅は、『双子橋』になっていて、一番左端は『魚島』という駅名で終わっていた。
そうだ、この電車に乗ったときにこれを見ていたから印象に残っていたんだ。謎も解けると、意外とあっけない。そのまま席に戻るのが、なんだか恥ずかしかった。誤魔化すように、電車の中に吊るされている宣伝の絵や文字を眺める。雑誌の表紙、真っ白な病院、黒い墓石、水着姿の女性、パチンコのキャラクターの絵。他愛もない小さな写真がごちゃごちゃと規則性もなく並んでいる。
すぐに飽きて、再び元の席に戻ると、また外をぼーっと眺めだした。
はっと気がつくと、何処かの駅を発車するところだった。ちらっと見えた看板には、『魚』という自が書いてあったが、正式な駅名までは読み取れなかった。待っていれば、次の駅名をアナウンスしてくれるだろうか。
《次は〜、羊の原〜、羊の原〜》
こっちの心配をよそに、のんびりとしたトーンで、運転手が行き先を告げる。何か、違和感を感じた。いたって普通の駅名なのに、おかしい気がする。
電車が、新しい駅に滑り込む。ホームに目を向けると、そう遠く離れていないところに白い板が立っていた。駅名が書いてある板に違いない。少し身を乗り出して、文字を読む。そこには、『羊の原』と書いてあった。アナウンスされていたのと全く同じ駅名だ。
シュとドアが閉まり、音もなく、電車が動き始めた。音につられてドアの方を向くと、その上に停留所の名前が書いてあることに気付いた。
立ち上がって、ドアのところまで行くと、停留所の名前をチェックする。一番右端に、《羊の原》という文字があった。その文字を見た瞬間、変な気分がした。何故だろう、その駅の名前を聞いた事があるような気がする。でもぞんな筈はない、この電車に乗るのはこれが初めてだ。
《次は〜牛見台、牛見台》
アナウンスが聞こえる。停留所を確認すると、《牛見台》は、《羊の原》の左に書いてあった。そして、あと十ほど、見知らぬ駅名が続き、一番左に《魚島》という駅名が確認できた。
とすると、終着駅はそこの筈だ。まだ、しばらく時間がかかるだろう。
溜息をつくと、元々座っていた場所に戻った。
外の景色に目を向けると、相変わらず、平坦で、灰色掛かっている。それにしても、かなり長い間乗っているのに、まだつかないとは。それとも、長く感じるだけで、実は全然時間が経っていないのだろうか。
もう一つ気になることがある。
さっきの駅名は《羊の原》が一番右に書かれていた。それなら、そこに来る前止まっていた駅はどこなんだろう。どこかに表示していないか、探そうと思ったけれど、すぐに諦めた。今まで止まった駅の名前が思い出せない。
まあ、いいか。どうせ、終点につけば同じだ。
手の中の、くしゃくしゃの紙を見る。
『終着駅で待っています』
手紙にはそう書かれている。けれど、この差出人は、一体誰だったろう。家族だろうか?それとも、友人?恋人?
分からない。
それでも、終着駅に行かなくては、という思いには変わりがない。
まあいい。どうせ、着いたらその差し出し人も分かる。
《次は〜、双子橋〜、双子橋〜》
運転手の間延びした声が聞こえる。すっかり慣れてしまった声とトーン。全く変わっていない、外の景色。単調な電車の揺れる音。
終点には、まだ着かない。