Endless time(投稿者W氏)
隣で歩く彼の姿はとても自然だ。ただどこか違うと言えば、きょろきょろと引っ切り無しに街の風景を見回していることだろう。無理も無いな、と愛美は思った。
彼、セシルはロボットだ。
だが愛美たち凡人の目には、彼はまったく人間に映る。このロボット技術開発に携わった研究者の中でも極一部が、人間とロボットとの区別を付けることができるらしい。 少なくとも、この街を歩く人々の中でそんな目を持った人はいないだろう。
「セシル」
思わず声をかけると、驚いたようにセシルは愛美に視線を戻した。
「え、ああ、すみません。気が散っていました」
「大丈夫だって。そんなに街の風景見てて面白い?」
「作られてからすぐに家事手伝いロボットとして入りましたから。初めてです」
余程世界が不思議に溢れて見えるのだろう。セシルの表情はどこか生き生きとしている。
今の時代、新聞やメディアは連日のように高科学技術社会と謳っていた。中でもロボット技術は今までに無い飛躍を見せ、遂に人間と変わらない容姿、そして心を持つロボットまでもが開発されたのである。それらは驚くほど広く社会に浸透した。
その最たるものが、セシルのような家事手伝いロボットだ。炊事掃除洗濯からペットの世話まで何から何までやってくれるという画期的な発明。感情はあるのに、主の命に背くことが無いようにプログラミングされているところが「作り物」と言う印象を与える。一家に一台は家事手伝いロボットを、というのが開発者の謳い文句で、その通りに今や家庭に一台はロボットがいる。
だが愛美は、セシルをロボットとして見れなくなっていた。表情は豊かで、一歩間違えば人間なのだと思うことさえある。
こうしてまるで人間のように散歩に連れ出していることも、本来の人間はしたりしない。それなのに愛美はどうしてかセシルにこの世界を見せたくなったのだ。狭い家の外はこんなに広いのだということを示したかった。
家に帰ったら、セシルがいなくなったことに関して両親が騒いでいるかもしれないが、後の事は考えないでおいた。
「セシル……」
だが彼は確実に人間ではない、自分よりも長生きをする。もしくは先に壊れてしまうだろう。
それらの感情が心のどこかで微妙に混ざり合って、少し切なかった。
「具合、悪いですか?」
「ううん。平気」
セシルは俯く愛美の顔を心配そうに覗き込んだ。自分よりも人のことばかり気に掛ける、そういうところが人間みたいのなのだと思ってしまうのだ。もういっその事、人間として生活したらどうなのかと提案したかった。
また黙りこくってしまった愛美を見て、セシルはふと考え込んだ。
「……え?」
愛美は突然の出来事に目を疑った。ふわりと片手が持ち上げられる感覚。その先にあるのは、優しい瞳。
セシルが愛美の手を取っていた。そっと握られた手は、作られたにしては驚くほど暖かい。
「どうしたの、セシル」
「いえ…体が勝手に…」
セシルはセシルで分からないと言わんばかりにしきりに首を傾げている。その複雑な表情は、ロボットではなく正に人間そのもの。
ああ、これは自覚が無いらしい。こういう場面に応じた設定もしてあるのだろうか。それともセシルにのみ与えられた感情が本人の知らないところで芽を出したのだろうか。
開発者は酷だ、と思う。と同時に、嬉しくさえ感じた。
もう少し、もう少しだけこうして人間ごっこを続けていよう。ここには人間とロボットを区別する優れた研究者の目もなにもない。
ただセシルと言う、確実に存在している姿があるだけなのだから。