カミクラ(投稿者X氏)



これはまだ工業より自然が重視されていた時の話。
ヒトは自然の生き物を尊重し、互いに支えあって生きていた。
森は広大な大地の半分以上を占め、河はその間を緩やかに流れる。
昔から日本は物の一つ一つに神様が宿るとされ、どの物にも親切にするということは尊敬されることだった。

あえて言うと者より物のほうが重視されていた時代だったのだ。


「ナリー。もうちょっとでカラスの大群来るぞ!」

丁度頼まれていた物の修理を終えた時のことだった。
ニスの匂いが室内全部を占めたこの部屋に明らかにおかしな男が来たこと。
扉を強引に開いてココに入ってきた第一声が「うわっ!クサッ!」だったこと。
全て予測できていたことだった。長年いる友人…いや、家族のすることなどお見通しにすぎなかったのだ。

下に引かれた新聞紙を構わず踏みつけ滑りそうになりながらもナリの行うことを覗き込む。
匂いは完璧に開けっ放しの扉から出ていったようでもう気にならない様子だった。

「ナリ?聞いてる?」

「聞いてる、だからちょっと外で待っててくれない?」

「な、なんで外?」

「カラスの大群来るんだろ?だったら先に打ち落としておいてほしいんだけどなー。」

修理を終えたのにも関わらずナリ…そう、ボクはまだやるべきことが沢山あった。
カラスの大群を見つけ万々歳をしているわけにはいかないのだ。
これからこの修理品を乾かしそれから依頼主の場所まで持っていかなければいけない。
このご時勢修理屋は忙しく走り回らなければいけない重要な時期なのだ。

「ナリも偉いこった。神様のお使いかいお前は。」

「煩いぞエツ、早くカラスの大群見つけて来い。夕飯無くなるよ?」

カラスを打ち落とす装備をしっかりと持っていたエツはひゃっと怯えたような表情を作ると直ぐにニッと笑って外に出て行った。
薄汚れた部屋に取り残されたのはこのボクだけ。


物には神様が宿る。
その神様を大事にしないといけない。
古くからのこの町の教えだ。
今でも守るヒトは数知れず、だからボクが住み込みで働く修理屋も儲かりまくりというわけだ。
実質金を使って神の宿る大事な物を修理するのは猛反対だ、というヒトもいるわけで。でもボク自身金はどちらでもよかった。
金が無いと生きていけない。でも金だけが全てじゃないというヒトもいる。
ボクは神様の宿るという物を修理するのが本当の神だと思うので、修理屋になろうと決めたのは言うまでも無かった。
神の家を修理する。それだけでも神業、と言えると思った。

「ナリはすごいよね。その手で何でも直せちゃうんだ。」

待ちゆくヒトに言われる言葉がこればかり。
誇りを持つ仕事を褒められるのは正直嬉しい。

でも

「あれはヒトじゃない、神だ。」

なんて言われるのは正直嬉しくはない。
出発点はヒトは全て一緒だったはずなのにどうして神扱いされなければいけないのだろう。
差別をされているようでボクはなんとなく良い気分ではなかった。


「ナリーカラス、一羽!」

やりました、と笑顔で言うエツ。生け捕ったのは普通より一回り大きいカラスだ。
やったね、と二人で言い合い早速夕飯の用意をする。
この時代は工業など発展してなかった為に原始人のような食事を強いられるのだ。
神重視の世の中ヒトの為にちょろちょろと良いことはやってられない。
全ては神にある。それだけ。

「ナリ、はい。」

二人で食べる夕食はもう慣れていた。
エツが基本的に狩をしボクが夕飯等の用意をする。
親はいる。ただ家にいないだけ。
エツの親もボクの親も、ハッキリ言ってしまうと愛想を着かして出て行ったのだ。
ボクに関しては神の領域にいるから。ヒトと感じなくなったのだ、と後から聞いた。
エツはそんなボクに関わるから。変人呼ばわりされるぞと言っても聞かない為だった。
どちらも悪くない癖してヒトはずるいところがある。相手に罪をなすりつけ、挙句の果てに勝手に去っていってしまうこと。
ひょっとして自分もずるいのかもしれない。そんなことを思ってしまう自分が今ココで夕飯を食べている。

他愛の無い話ばかり喋って時間は過ぎる。
もう夕飯も終わるだろうといったところでふとエツが手を止めた。

「―――ナリさ、ヒトを怨んだ事ってある?」

「…え?」

ボクも手を止めてしまった。

「だってお前あんなに毛嫌いされておいて…でも修理屋、止めないだろ。ヒトを怨むことぐらいあるはずだ。」

空になった皿を片付け、洗う為に井戸へ向かう。
ふと後ろを見るとエツはいなかった。話す為でも追ってこなかったのだ。
ヒトを怨む。
怨むってどういうことだろう。


今日もエツは狩をしに昼間から出て行った。
修理が済んだニス塗りの物をゆっくり新聞紙に包み、依頼主の名前を確認して店から出る。
本当はもっと走って行きたかったのに体は言う事を聞かず吸い込まれるように人ごみの中に入っていく。
物を壊さないよう抱きかかえて人ごみの中を歩くボクは一体何をしたかったのだろう。
依頼主に物を届けて、お金をもらって、店に帰る。

金目当てなの?いやらしい。神が好きなのかしら。

全て聞こえている。
でも言い返せないボクがいる。
変なの、変なの。
神様の家を直して何が悪い。神様に親切にして、何が悪い。

「どうしてヒトはこんななんだ…。」

悔しくて、側にあったニスのバケツを思いっきり蹴ってしまった。
店の主に怒られて、片付けるよう言われて泣く泣くニス全て洗い流す。
洗い流されるニスを見ているとまるでヒトの意見に押し流されたボクを見ているようで嫌だった。
ヘコミが軽く出来てしまったバケツに新しいニスを入れる。
こんな時両親はなんて言うんだろう。

エツはなんて言うんだろう。


少しの意見も言えないボクはこんな仕事をやってていいのだろうか。
ただ道具のように神の宿る物を修理して、感謝されて。
でも駄目なんだろうきっと。
誤解を招くようなことしか実際していないのだ。

「止めようかな…。」


その時エツの返る音がハッと我に返ったボクに聞こえてきた。
わざと何も無いフリをして出迎える。
相変わらずのエツは今日は大漁だ!っと笑って籠の中身の魚達を見せてくる。
ボクも笑うしかなくて、魚を受け取ると早速夕食の準備をし始めた。
バレてないはず。バレてないはず。

「ナリー…。」

ハッと振り返るとエツが何故だか落ち着いている様子で此方を見ている。
どうしてそんなに勘が良い。
もうボクはいつものように笑顔でからかうことなんか出来ない。

「どうした?」

何が、なんて口パクで言ったら負けかもしれない。
ボクはまだそんなに白旗を振れるほど落ちぶれたわけじゃない。

「ニス、匂い残ってる。」

どうしてそこまで分かるの。
床に散乱したニスの残り後を指で示し、エツはもう分かりきっているように呟く。

「―――隠せるのが得意じゃないだろ、ナリ。」


全て話した。
神のこと。金のこと。ヒトのこと。ずるいこと。
話せば楽になると思っていたのに実際そうではないみたい。
ただスッキリするのはきっと、聞いてくれている人が黙って話を聞いてくれたこと。

嗚咽が漏れてきて、しまいには分からなくなった。
今自分は何をしているのか分からない、何を話して何をしたいのかも全て。
でもこれだけは分かる。

「神になりきらなくたって良いじゃんか…。」

温かさだけは麻痺した感覚にもほどよく効いてくるのだった。


結局ヒトというずるい生き物はボクも同じ。
自分を正当化し、神に近い存在を勝手に作って自分は別の生き物だから、と遠ざける。
褒め言葉とヒトは言うけれど実際には冷やかし言葉のほかに無い。
今こうして神の宿る家…物を修理するのはきっとヒトの仕事じゃないと言っている。

神って何だろう。

答えはありますか―――?


あくる日の午後、ボクは全てを投げ出し湖へと向かった。
昔家族でよく遊んだ場所。ココだけ次元が変わらずゆったりと時間が流れている。
不思議な光景だ、取り残されたような素敵な場所。
時間のゆったりと流れるこの場所でボクは親と離れた。
堂々としていたつもりだったけどでも堰を切ったように涙が出てくる。
ココで答えを見つけるつもりだったのに結局は別の意味で答えが出てしまったのかもしれない。

答えは何?

どうすれば神と区別される?


仕事をするだけで有能なヒトは直ぐに神扱いされる。
ヒトは何でも一緒が一番なので、自分達より勝っているヒト達を見つければことごとく突き放し、褒め言葉で悪さを隠す。
有能だから、才能有るから、違うから。
全てヒトはこんな言葉を並べて差別をするんだと思う。

「―――分かった。」

分かったよ。


どうすれば皆と一緒になれるか。
どうすれば神を否定できるか。
どうすればヒトの悪さから逃げられるか。


「…仕事、止めないんだね。」

狩から帰ってきたエツに早速見つかった答えのことを話すとエツは少し寂しそうな表情をしてみせた。

「ナリらしいと思う。俺はそれでいいと思うよ。」

「ボクらしい?」

「だってお前昔から諦め癖なんかついてなかったろ。ちょっと有能だからって別にめげなかったろ。」

そんなところが羨ましい。
笑ってエツはそう言うとボクの頭をそっと撫でた。

「両親には後悔させてやらないとなっ!」


分かったよ神様。
ヒトって不思議だ。
諦めれば何でも終わると思っている不思議な動物で、皆と一緒の時が本当のヒトだと思っている。
ちょっと有能なヒトを見れば妬みと尊敬の混じった目で見て仲間から外すのだ。

でも諦めないなんて不思議な魔法を使えばきっと
ボクのように乗り越えられる壁があるはず。
めげるのは簡単だけど。

神様
物には神が宿るといいます。
それはきっとヒトも同じなんだろう。
その神は自分自身で
悪い神もいれば良い神もいる


神の家を修理するのは自分自身を修理することと等しい。
修理上手なヒトはきっと自分自身がしっかり成っているからなんだと思う。
ボクは神の宿る家ですか。

神…良い神の宿る、家ですか。