斎女と大龍(投稿者Y氏)
「ほう、珍しい」
池のほとりに女が倒れていた、息は細い。
「溺れたか転覆でもしたか。
こんな早朝に、密漁かい。
いやいや、この女見覚えがある。
他所から来て確か沼澤の坊ちゃんと……」
膨らんだお腹に気付く。
「心中か、捨てられたのか。
次なる娘が選ばれたならワシも間も無くお迎えかの」
そこでお腹の膨れる意味を考え
「だが、条件を満たしておらぬな。
では腹の赤子、か。
もうしばらくがんばらのうてはならぬな」
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「自己紹介をお願いします」
「大池が好きで夢見がちな16歳。
『黙ってれば大和撫子』ってよく言われます」
「志望動機を述べてください」
「三食昼寝付き、社宅完備!」
「毎朝祠まで朝餉と新聞を配達しますが、他は付きません。
昼寝は可能です、何もしていただかなくて構いませんから」
さらに二つ三つの質問の後、
「では、貴女を大池竜神の斎女として採用します」
大池には龍神が棲んでおり、常に一人の斎女を求めた。
斎女が亡くなると村人は未婚の処女を捧げる。
捧げなかった時は?
大雨やら強風やら、結果は同じで田畑の壊滅。
結局、次の年には斎女を捧げる。
それは現代まで続き、大池のばっちゃは避けられ、怖れられた。
そのばっちゃが、亡くなった。
慌てたのは町役場。大池の祟りはただの言い伝えではない。
周辺の開発は、奇怪な事故や病によって何度も中断している。
かといって、今この時代に斎女を捧げるなんて時代掛かりは通用しない。
結婚から住居の自由まで、そこまで人権を制限出来るか。
けれど笑い飛ばしていた町長が死線を彷徨い、反対した人権団体が集団食中毒に掛かるに至り役場も真剣になり。
斎女の雇用が決定した。
大池は町北西の林を抜けた湿地帯にある。
池の傍にある祠、そこが斎女の家。
斎女。神に仕える巫女。
特にする事があるわけじゃ無い。
ただただ強いられる。
人里離れた祠で一生を未婚に過ごすことを。
が、人里離れた? 朝餉の配達が毎日来てる。
一時間半程度で道路へ出ればあとはもうスクーターで20分。
今の私は往復四時間かけて高校に通っていた。
役所も学校も『祟るよ』の呟きであっさり認めた。
「あれ、葉代じゃんひっさしぶりー。
巫女さんになったんじゃなかったっけ」
「祠に住んでりゃそれだけで良し。
おはようリカ」
「学校来て良いんだ」
「ん〜、だって暇だもん」
「後悔してる?」
「それは無いよ。これは何ていうか義務みたいなもんだし」
「まぁ、あんたは昔っからそう言うとこあったね。
で、あいつはどうするの」
意地悪な笑みの指差す先には男子。駆けて行く私。
「おっはよー、悠基。
いい加減機嫌直しな!」
「うるさいっ。
俺も親も、お前は本当の家族だと思ってたんだ。
葉代がこんな方法で自立を考えるなんて想像も出来なかったさ」
私の父親は不明、母親は私を生んですぐ亡くなったと聞いた。
その時、看護婦として生まれた私を抱き上げてくれたのが今のママ。
悠基はその六ヵ月後に生まれた義弟。
家族は私が斎女になったのを私の遠慮と取っている。
違うと言ってるのに……
「ふ〜ん、家族ねぇ。
じゃあ、この間のあれはやっぱり嘘?」
斎女の私に悠基は『行くな、愛してる』と言ってくれた。
初恋すらまだな私は……
つい笑ってしまった。 反省。
「『この間のあれ』?
悠基君ついに告白か?」
あっけらかんとリカ。
「うわっ、リカが気付いてる」
「てめ葉代! 何ばらして」
「このリカ様に隠せると思う方が間違いさ」
学校は好き。
悠基は大事。
でも、私は……
祠に帰る。
特にすることはない。一人じゃ何も面白くない、テレビすら。
学校に行けば悠基に会える。話だって出来る。
でも、今、隣には誰も居ない。
トントン。
突然の戸を叩く音。こんな夜中に来訪者?
すぐに「葉代、俺だよ俺」という声を聞き安心する。
遊びに来たという悠基と話して気が付くと十時を回っていた。
「もうこんな時間じゃない。
今から帰るのは危険過ぎるよ」
「ん、じゃあ泊めて」
元からそのつもりだったな! けど…
「布団一つしかないわよ」
一人用の小さな祠。斎女は来客を想定しない。
「なら一緒に寝るしかねぇな」
「同じ布団で?」
「家族ならおかしくないだろ」
「家族なら、ね」
強調する私に、
「分かったよ。約束する」
「絶対だよ」
それから悠基は毎晩泊まりに来た。
話したり勉強したり。
もう寂しくない、これまでと変わらない毎日。
これまでと、変わらない毎日。
「ていっ、起っきろ〜!」
悠基を揺り起こし布団から出すと布団は押入れにしまう。
朝の五時半、これでギリギリ。
目覚まし無しでも起きられる私と違い、悠基の朝は毎日が戦闘だ。
けど「葉代、てめっ、今日は何曜日だと」
はれ?
「あ、ごめん。学校休み」
「そうだ、布団返せ」
寝続けようとする悠基に
「あんた布団かたさないからダメー」
「ダメーって」
「ね、大池行ってみない?
せっかく近くに住んでるのにまだ来た日に行ったきり」
こんな清々しい朝なのだ、二度寝は犯罪。
「ほらさっさと着替える。
私に惚れてほしいならちった格好良いとこ」
言い終える前に起き上がると着替える悠基。
夏ももう終わりの季節。暗くは無いけど外は霧で真っ白。
「先が見えないな、これはやばくないか?」
「すぐ近くよ」
祠の裏がもう大池。
「ほら着いたぁ」
「でも、結局何も見えねえ」
一面真っ白で隣の木は何とか見える。
お……は、 だぁ。
声が聞こえてきたのはそんな時。
「ねぇ、何か聞こえない?」
「何も見えない、何も聞こえない!」
妙におびえている悠基は聞こえた証拠。
「ヌシ等は何者だ」
ほら、今度はちゃんと聞こえた。
「あんたこそ誰よ。
どこに居るの」
「我は大龍。
姿は、見せぬ方が良かろう?
この岸辺は我が土地、去れ」
ものすごい威圧感。
「わ、私は大池の斎女よ。
そこの祠に住んでるわ」
「斎女? いまだ我を祭っておったか。
ご苦労なことだ」
ご苦労って。
「えと、いつも散々祟って斎女の催促されてたじゃないですか」
「知らぬ」
「飢饉にしたり殺しちゃったり。
ってか、私の頭の中は人と絶対違うと思うんですけど!」
「記憶に無いな」
「ほら、池で溺れてた子持ちの女を助けた覚えありません?
私、その時の子供のはずであなたに仕えろって頭ん中で定められてるような」
自信なくなってきた。
「記憶は無いが何をしたのか想像は付く。
契ったのであろう、命を助ける代わりに子供を捧げろとな」
「想像って、あんたがしたんでしょ」
「我はずっと寝ておった、無意識にしたこと。
つまり、ヌシが今の斎女なのだな。
では横に居る男は何者だ。二人で奉るようになったか」
「違う。これは弟が遊びに来てるだけ」
瞬間、シュッと空気を割く鋭い音がし。
太腿が裂け、血が流れる。
「嘘だな、血の味が違う」
「義理の弟なの」
「なら、そういうことにしておこう。
では男よ、娘を連れて帰れ。斎女なぞ要らぬ」
取り付くしまも無い素っ気なさ。でも、
「ねえ、眠ってたって言った? 無意識だって。
斎女をまだ続けてたのか、そうも言ったわよね?」
「だからどうだというのだ?」
「もう、正直になりなさい。私が居なくなったら寂しいんでしょ」
ずっと一人で池の底。寂しくて寂しくて仕方ない。
だから無意識に斎女を求め、祟る。
「ふむ寂しい、そうかも知れぬ。
だが、我がそれを認めたらヌシはどうするつもりだ?
里に戻るを拒み斎女を続けるか?」
「うん、そうしようと思ってる。
放っといたらまた無意識で祟りぃとかしちゃいそうだもん」
キィイイン、空気が変わる。
あ、これなんか痛い。
「不愉快だ。
良かろう、ヌシは我のものと言ったな、なら今すぐ我が元へ来い
なに、簡単なことだ。そのまま水の中に入れば良い」
うわ、拗ねっ子だよ
逆らえない私は池の中へ。
足が水に触れ
モモが隠れたところで赤い血がサッと広がる
胸のすぐ下まで水がきた
悠基が叫ぶ。
「葉代!」
そうか、悠基が居た。ちょっと困った。
「何をして居る。
我と一つになるのであろう」
「そうね、私はあなたのもの」
再び歩を進める。
水はすぐに胸を越えて首を……
「葉代!」
再びの悠基の声に振り返り返事をする。
「私はね、やっぱり何か違うんだ。
悠基は一番大事。
けど、次元の違うところに大池があるの。
逆らえないし逆らう気にすらなれない。
悠基、あんたのこと思ったまま私は消えるから。
お姉ちゃんなんかじゃなくってちゃんと愛してくれる相手を探しなさい」
不意に気づいた。お姉ちゃんではなく名前で私を呼ぶようになった日。
悠基はあんな昔から私のこと好きでいてくれたのでは。
そして、さらに深いところへ進もうとした私を遮る別の声。
「それは困る」
「なにがよ?」
「他の男のことを考えながら我が元へ来れるはずが無かろう。忘れよ」
忘れる、悠基を?
「無理だよ。
私はあなたのものだけど。
身も心も自由にはならないけれど。
それでも、私が一番大事なのは悠基だもん」
「祟るぞ?」
「だから、無理なの」
「娘、この結果が分かっていたな!
まぁよい。これだけの血を貰い記憶は得た。
我は大龍、十万の日に一度起きるもの」
ふっと、龍の気の質が変わる。
「我は大龍。
王を守る身ながらヤツにより諸王滅びし後も生き永らえしもの。
いまだこの地はヤツが治めるか」
悔しげな声。
「だが、国にイクサ無く民の腹満ちていては我の起つ大義はない。
我はまた十万の眠りにつこう。
ヌシは先ほどの通り。好きに生きるが良い。
いや、たまに遊びに来てくれれば嬉しいが」
面白い人だなホント。ジト目で見つめてやる。
「たまに遊びに来るだけ?」
「……出来るなればここに居てほしい」
何か恥じ入ってる感情が伝わってきて、かわいい!
「安心なさい、どうせ放っといたら寂しくって暴走しちゃうんでしょ。
一緒に居るって。さっき言ったじゃない。私はあなたのものなのよ」
そして悠基の方を向く。
「で、あんたは私の」
慌てて頷く悠基。
『オオ、ォオオオオオ』
気配が、消える。
霧が晴れていた。
そうだ、今度はリカも連れてこよう。
寂しさを紛らわせるのが斎女の役目。
その方法は一つとは限らない。