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少女の復活

「きみをこの夢から解放してあげる」
 彼女は、あたしにそう言った。
 歳は少し上みたいだけど、あたしより小柄だ。その身体に似合わない、重そうなリュックを背負って、大き過ぎるマイクつきのヘッドホンを頭に着けている。
 彼女の目は真剣そのものだったけど、あたしはとても腹が立った。せっかくいい夢を見ているのに、壊されたくない、と思った。
 そしてあたしは逃げた。
「お父さん、お母さん、悪い人があたしを捕まえようとするの。お願い、あたしを守って」
 ――どんなことをしてでもここを離れたくない。
「もちろんだよ、シャリー。なんとしてでも守り抜くから、安心しておいで」
 お父さんの力強い手があたしの髪をなで、お母さんがあたしを抱きしめた。お母さんの腕のなかは温かい。とても幻だと、仮想現実だと思えない、優しいぬくもり。
 お父さんとお母さんは、たくさんの用心棒を雇った。警備会社や警察にも連絡した。たくさんの恐い男の人たちが、武器を持って家の周りを取り囲んだ。
 間もなく、彼女がやってくる。
「シャリー、帰るんだよ。いくら希望がかなう世界でも、ここは現実じゃない。本当にきみを想っている人が現実世界にいるんだろう?」
 窓から彼女の姿が見える。大勢の男の人たちに銃を向けられながら、その漆黒の瞳は、真っ直ぐあたしを見ていた。
「ウイルスによってこの世界は壊れているんだ。いつきみの精神に影響が及ぶかわからない。フェイルにパスワードを言うだけでいい。すぐにもとの場所に帰ることができる……」
 いやだ、帰りたくない。
「きみがここにいたいのはわかるよ。ここはいいところだね……きみを心から愛してくれる両親もいる。でも、きみは夢を見ているだけだ。目覚めて、現実世界で待っている人を安心させてあげなきゃ」
 いやだ。
「現実世界のきみの両親は亡くなってしまったんだってね。でも、ここにいる両親はきみの心が生み出したんだ。戻っても心の中から消えるわけじゃない。だから、今は離れるんだ」
 いやだ!
 ズダダダダダダッ!
 銃声が、かなり長い間響いていた。あたしは目が離せずに、ずっと凝視していた。
 硝煙が風に吹き散らされる。女の子はうつぶせに倒れていた。黒ずくめの身体の下からコンクリートの地面に、赤いものが染み出している。
 そばに落ちているヘッドホンから、声が響いた。
『リルタ!? リルタ――!!』
 あたしは顔をそむけた。
 これがあたしが望んだこと?
「もう大丈夫だよ、大丈夫」
 お母さんがあたしを抱き寄せる。
 そのぬくもりの中で、あたしはいつの間にかまどろんでいた。

 泣き声が聞こえる。2つのすすり泣きが重なって耳について、離れない。
「シャリー、お願い、起きておくれ」
 聞き覚えのある声。両親を亡くしたあたしを引き取って一緒に暮らしている、おばあちゃんの声だ。
 『夢の中の夢』で夢を見るなんて、あたし、どうかしてるんだろうか。
 不思議な気持ちでいるうちに、ぼんやりと、おばあちゃんの泣き顔が見えてくる。でも、はっきり見えたと思った瞬間、おばあちゃんは両手で顔を覆った。
「ああ、わたしを1人にしないでおくれ。こんなことなら、仮想現実に近づくんじゃなかった……お前の両親に申し訳が立たない。頼むよ、シャリー、わたしを置き去りにしないで」
 涙が、空中に落ちた。たぶん、P−ポッドのフタの上に。
 その、透明な壁があたしを閉じ込めている。なんて狭いんだろう。あの壁の向こうにいるおばあちゃんに声をかけることもできない。
 でも……壁の向こうの、あんな広い、人がたくさんいる世界にいても、おばあちゃんは孤独で、寂しいんだ。あたしだけ、ここにいてもいいの?
「シャリー。戻ってきてくれ。お前に触れないのが、話ができないのが、たまらなく悲しいんだよ」
 そうだ。人は欲張りだから、心の中にいる、記憶の中にいる、なんてだけじゃやだ。でも、ここも、結局は記憶なんだな。
 ここにいると、あたしはおばあちゃんにとっては死んだのと同じ。生きたまま死んだようになって、人を不幸にするだけ。
 
 帰らなきゃ。
 パスワードを、思い浮かべる。

 あたしは、目を覚ました。

 世界は荒れ果てていた。
 ガレキの山に、ひび割れたアスファルト。空は血のような赤で、遠くでは時々、稲光が狂ったように閃いていた。それどころか、時には大地すらも震え、いっそう辺りの様相をメチャクチャにする。
『リルタ……』
 惑星管理システムFAL――フェイルは、未練がましくつぶやいた。しかし、その声も、ほとんど力尽きたような調子だった。
 P−ポッドのそばに、小柄な少女の身体が横たわっていた。その姿は、薄れ始めている。
『嫌……』
「……フェイル」
 うめくフェイルを、聞き馴れた声が呼んだ。
 薄れ、消え去っていく少女と同じ姿が、ガレキの向こうから現われる。
『リルタ……? え?』
「いくらなんでも、あんなとこで正面から突っ込んだりしないよ。用心棒の一人に変身していたのさ。驚いたかい?」
 フェイルはきっかり十秒ほど沈黙した後、声をあげた。
『リルタの、リルタのばかあぁっ! それならそうとなんで早く言わないの!? 人の気も知らずに!』
「へえ、どういう気持ちだったんだい?」
 ニヤニヤしているリルタの問いに、フェイルは一瞬黙る。
『いや……ポッドを制圧してくれる人がいなくなったら困ると思っただけ……』
「ふーん?」
『……少しは、寂しいと思ったかもしれないな』
 リュックを下ろしながら、リルタは小さくぼやく。
「ずっと泣いてたくせに」
『何か言った?』
「べつに」
 少女は笑い、ポッドを制圧する作業に取り掛かった。
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